第411話 どちらの世界で生きて、死ぬのか。

 ここはあくまでも異世界。冨岡の生まれた世界とは違う。

 正直なところ冨岡は、異世界での生活に心を躍らせ、そのエネルギーでやってきたところもある。ファンタジーな体験に好奇心が刺激され、ワクワクしながら商売を続けてきた。

 殺されそうになったことですら、今は非日常的なエピソードとして温めているくらいだ。

 だが、こちらの世界で一生を過ごすとなれば、話は別。覚悟の種類もまた別である。

 いつでも元の世界に戻れるとはいえ、それがいつまで続くかわからない。

 例えば、世界同士を繋ぐ鏡に回数制限があったとして、残りが一回になった場合のことを考える。今の冨岡は現実的な手段として、ありったけの資金を残して元の世界に戻るだろう。

 魔法が当然のように存在している世界で、魔法を持たない冨岡がどのようにして生きていくのか、という問題もある。また、元の世界のテクノロジーを全て捨てるという選択は、どんな人でも簡単には出来ないはずだ。

 しかし、今のアメリアたちをそのまま放り出すわけにはいかない。そのために全ての資金を残していく、という方法が最適解だと冨岡は考えていた。

 だからこそ、冨岡は自分の想いを伝えられずにいたのである。


「もしも、アメリアさんが俺の想いを受け止めてくれたとして、俺はいざという時どうするんだろう・・・・・・」


 冨岡はホース公爵にも聞こえない声量で呟いた。

 

「ここは俺の世界じゃない。だけど、もう見て見ぬ振りはできない。走り出したんだから、俺が抜けるわけにはいかないんだ。でも学園や子どもたちのことは、金さえあればなんとかなる。ホース公爵様が支援もしてくれるし、レボルさんやミルコだっている。メルルさんやドロフにメレブ・・・・・・みんなが居てくれれば大丈夫だ。だけど・・・・・・」


 アメリアにとって冨岡が大切な人となれば、問題は学園だけに留まらない。やっと見つけた支えてくれる人を失う、そんな悲しみを彼女に押し付けることになる。

 ホース公爵に背中を押された冨岡は、悩みの段階を一つ進めて『自分の想いは自覚し、その上で伝えるべきかどうか』という位置に立った。

 冨岡なりに有耶無耶にしないための悩みである。

 そして、その決断は早ければ早い方がいい。

 アメリアに『好意はない』と嘘をつき、学園づくりと子どもたちの未来のためにだけ動き続けるのか。アメリアに好意を伝え、共に人生を歩みたいと願うのか。

 考えるうちに冨岡は、自分が面倒臭いほど考えすぎる性格なんだ、と自覚して笑ってしまう。


「ははっ」

「どうした、トミオカ殿」

「なんでもないです。ただ、考えすぎも良くないな、と思って。考えれば考えるほど、自分が優柔不断な気がしてしまうんですよ」

「トミオカ殿よりも少しだけ長く生きている者として、助言ではないが言葉を送らせてもらおう。そういう時は、何か一つきっかけを掴むんだ。必ず何か、自分の心を動かすものがあるはず。まぁ、愛ゆえに考えなければならぬことがあるのは、私にも覚えがあるものでね。少し、大きなことを言いすぎたかな?」


 おどけて見せるホース公爵。その言葉は、冨岡に勇気を与えるには充分だった。

 いつか来るかもしれないことに、今怯えていてもどうにもならない。

 それでも、自分の想い有耶無耶にし続けるわけにもいかない。あまりにも不誠実というものだ。

 だからこそ、目の前のことを真剣にこなしていこう。商売も、学園づくりも、アメリアに対しても本気で向き合うんだ。

 冨岡はそう決めた。

 そして、近いうちに想いを伝える。自分がどちらの世界で生きて、死ぬのかを決めて。

 

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