第400話 心の鍵

 そうは言っても、相手はこの国の要人。どの角度から見ても公爵様だ。

 やっぱり気を遣うか、と冨岡は自分の独断専行を反省する。

 事前に言っておけばまた対応も変わったかもしれない。

 どのようにこの場の空気を変えようか、と考えていると、屋台の方からフィーネとリオが駆け寄ってきた。


「トミオカさーん、おかえり! お友達を連れてきたの?」


 純粋な瞳でフィーネが問いかける。

 

「うん、そうだよ。ホース・キュルケース公爵様だ」


 冨岡が紹介すると、公爵は庶民の幼い子相手に膝を折って微笑みかけた。


「はっはっは、君がフィーネちゃんだね。トミオカ殿をこうまで動かした要因の一つだと聞いているよ。元気が良くて可愛らしい」

「えっと、初めましてフィーネです」

「そうかそうか、挨拶もできるのか。良い子だ」


 ホース公爵は嬉しそうにフィーネの頭を撫でる。ローズもこの様子を見ていたが、拗ねる様子もなく、自分の父親が寛大であることを誇らしそうに頷いていた。

 冨岡と出会う前のローズならば機嫌を損ねていたところだろう。

 フィーネに続いてリオもホース公爵に話しかけた。


「あの、リオです」

「うん? そうか、トミオカ殿のところにはもう一人いるそうだが、君か。挨拶ができて偉いぞ」


 リオの父親は魔王である。その関係上、隠しているわけではないが深く説明していなかった。

 しかしホース公爵はすんなりと、リオについて理解している。おそらくダルクあたりが様子を見にきて報告したのだろう。

 今更そんなことに驚きはしない。

 けれど、ホース公爵の行動に冨岡は驚かされてしまう。


「ホ、ホース公爵様!」


 慌てたトミオカが声をかけた。

 しかし、公爵は行動を続ける。フィーネとリオを抱え、そのまま立ち上がったのだ。つまり、抱っこである。

 貴族の中でも頂点に立つホース公爵が、孤児を二人抱き抱えることなど、本来あり得ない。

 貴族を担ぐのが庶民であり、それが貴族社会の全てだ。

 だが、ホース公爵は自らその貴族と庶民の図を壊して見せる。

 

「どうだ、こうすれば目線は一緒だ。挨拶とは目線を合わせるものだからな。しかし、いつまでも屈んでいては腰が痛くなってしまう。では、改めて名乗ろう。ホース・キュルケースだ。お前たちの父親を担っているトミオカ殿の友人だよ。よろしく頼む」

 

 これはホース公爵の誠意でもあった。二人の子どもに対して、同じ目線で話すことにより、気を遣わせないようにと伝えている。

 フィーネとリオは抱き上げられたのが素直に嬉しく、楽しかったようで一瞬で笑顔に変わった。


「ホースさん! 覚えたよ!」

「俺も、覚えた」

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