第386話 ついているのか、いないのか

「レボルさぁああああああん! お願いします!」


 身体中の酸素を吐き出すと同時に叫ぶ冨岡。

 ドロフたちはその声量に圧されて、一瞬体を硬直させる。


「な、何をいきなり叫んでやがる。まさか、仲間が?」


 ドロフとメレブが周囲を見回した。そう言っても路地裏なので道の前後を確かめるだけ。

 人影がないことを確認すると、ドロフは胸元からナイフを取り出した。


「驚かせやがって、ハッタリか? 無駄な足掻きをしやがって。ともかくテメェさえ消せば、ジルホーク様の復権も叶うはずだ。しらねぇけどよ! 全部上手くいくはずだ」


 冨岡の登場によって全てが上手くいかなくなった。冨岡を消せば上手くいく。

 単純すぎる愚かな理論である。

 それでも絶体絶命と言っていい状況。しかし、冨岡はナイフを目の前にしても慌てることはなかった。


「わかりやすい展開に、わかりやすい悪党。安っぽい小説じゃないんだからさ」


 呆れたように言う冨岡。その瞳には空に浮かぶ月が映っており、丸い光の中に縦長の黒が現れた。

 風を切るような音を立てて、何かが近づいてくる。

 小悪党ドロフはその気配に気づき、慌てて振り返った。

 だが、遅い。顔に遅れて右半身を回している途中、鋭い眼光だけを確認したドロフは、何が起きているのか分からず、右手に強い衝撃を覚えた。


「なっ!」

「警戒していてよかったでしょう、トミオカさん。はっ!」


 着地と同時に剣を振り上げ、ドロフのナイフを弾き飛ばしたのはレボルである。

 彼はそのまま左足でドロフの腹部を蹴ると、反動を利用してメレブの方にも剣を向けた。

 一瞬で二人を制すると、ため息をついて冨岡に視線を送る。

 

「夜道は危ないんですよ。わかりましたか?」

「助かりました、レボルさん」


 冨岡が礼を述べる隣で腹部を押さえ、倒れるドロフ。

 その小悪党はまたしてもありきたりなセリフを口にした。


「い、一体どこから」


 問いかけられたレボルは、呆れたように息を吐いて答える。


「全体の状況を把握するためには、高地から。そう決まっているでしょう」


 そのままレボルは建物の屋根を指差す。

 数時間前の冨岡は、自分の危険意識が甘いことをレボルに指摘された。確かに冨岡は自分の身に危険が及ぶことをそれほど考えてはいなかった。

 確かにこれまで目立つ行動も多く、誰かに狙われてもおかしくはない。

 そこでレボルが夜道だけでも、と護衛を名乗り出たのである。

 最初は断った冨岡だが、アメリアたちの勧めもあり、護衛を依頼することになった。

 しかし、誰が狙っているのかしっかり見極めて対策しなければ、今後も警戒し続けなければならない。そう考えた冨岡は、離れた場所からの護衛をお願いしたのだった。

 そして、レボルは屋根の上を渡って冨岡の周囲を確認。冨岡が相手の素性を聞き出したところで、ドロフたちを制したのである。


「にしても、今日の今日に襲ってくるなんて、ついているのか、いないのか。判断が難しいな」


 冨岡はなんともいえない感情を吐き出すように苦笑した。

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