第374話 こぼれない茶

 目の前の若者は『もしも』と言っている。口調は冗談に近いように感じられるが、表情に関してはやけに本気で、目の奥が笑っていなかった。

 ノルマンはそんな冨岡に対して、どう答えていいのかわからなくなる。


「何を言っておるんじゃ」


 これまでの会話から、冨岡が異邦人であることはほぼ確定している。また、魔王について知識を持っているとも言い難い。

 そんな男が『普通は考えないが、もしかしたら有り得るかもしれない』可能性を提示してきているのだ。

 ノルマンが戸惑うのも無理はない。

 冨岡からしてもたまたま出会った老爺が、これから先調べなければならない答えを持っていた者。偶然にしては出来すぎているし、奇跡と言っていいだろう。だが、冨岡は異世界転移なんていう奇跡中の奇跡を実際に体感している。それに比べれば『世界は狭い』で片付けられる出来事だった。

 

「深い意味はないですよ。個人的な興味として・・・・・・ノルマンさんが魔王の残した子どもに会えるとしたら、会いたいですか?」


 改めて冨岡が問いかけると、老爺は深く息を吐いてから頷く。


「会いたくないと言えば嘘になる。もはや記憶の中にしか存在せんからな、あの男の面影は」


 ノルマンの言葉を引き出した冨岡は、ついに大きく話を動かす。


「ノルマンさん。少しだけ長くなるのですが、俺の話を聞いてもらえますか?」

「もうすでに聞いておるじゃろ。改まってそんな前置きをするということは、なんか覚悟してきかねばならん話があるんじゃな? えー、チョー怖い」

「なんで口調まで迷子になるんですか。俺だって、いきなりこんな話をするとは思ってませんでしたよ。迷子を家に送って終わりだと思ってましたから。でも、今を逃すと後悔する気がするんです」

「人の巡り合いとはそういうもんじゃ。言わねば後悔することは多い。ワシのようにな。仕方ない、話を聞こうかの」


 そして冨岡は話し始める。

 リオという少年を預かっている話。リオが隣街の教会で保護された『魔王の終焉』と同日の話。

 送られてきた魔石を超えた魔石と完全に魔力を遮断する布。リオだけが確認できた魔力痕。

 その話を聞いたノルマンは、途中から完全に停止して表情を失っていたのだが、動揺していたらしくカップを取ろうとしてそのまま机の上に倒した。

 幸いにも中身は全て飲み干していたので、茶がこぼれることはない。中身がないカップを手に取ろうとする時点で、動揺しているのは確定だ。


「そ、それは、本当の話か?」

「嘘にしては突拍子がなさすぎるでしょう。まだ確定はしていませんが、俺は可能性が高いと思っています。リオくんが魔王の息子である可能性・・・・・・」

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