第360話 冨岡、ローズに捕まる

 ヴェルヴェルディとの詳しい契約は学園予定地、教会にて行うことになり、冨岡はキュルケース公爵家での予定を終える。今の時間からならば、移動販売『ピース』の営業時間に間に合うだろう。

 なんて、想定通りに行くわけがない。

 ここはキュルケース公爵家。凛と美しく咲き誇る薔薇が、その棘を剥き出しにしている。もっと簡単に言えば、久しぶりに会った冨岡が用事だけを済ませ帰ることを、ローズが見逃しはしない。

 冨岡がソファから立ち上がると、ローズが嬉しそうに名前を呼ぶ。


「トミー! ヴェル先生への用はそれで全てよね?」

「え、ええ、そうですね」


 ローズが何を言わんとしているのか、すぐにわかった。勉強の途中に割り行ったのは冨岡なので、彼女のことをいい加減にあしらうわけにはいかない。

 すべきことを考えればいくらでもあるのだが、差し迫った予定もない冨岡は、夕方くらいまでローズと親交を深めようか、と考えそのままソファに座り直した。

 するとローズは自分の椅子から冨岡の隣に移動し、肩を寄せる。


「顔に出てるわよ、トミー」


 突然彼女にそんなことを言われた冨岡は、動揺して聞き返した。


「え?」

「やりたいことがあるけれど、私の勉強を中断させてしまったからお詫びに相手しよう・・・・・・そんなところかしら? それは私に対しての同情? それともキュルケースの名前に忖度?」

「違いますよ、ローズ。同情でも忖度でもない。俺がローズと親交を深めたい、と思ったんです。確かにローズの言う通り、やらなければならないことが頭には浮かびましたけど・・・・・・ローズと話すのは楽しいですしね」


 冨岡が素直に自分の気持ちを答える。

 ローズはそんな彼の表情から、それが嘘でもお世辞でもないことを読み取り、嬉しくなってしまった。


「ふふっ、だからトミーのこと好きなのよ」


 そう言いながらローズは冨岡の腕に抱きついた。

 思わず冨岡は体をローズと反対側に寄せる。こんなシーンをキュルケース公爵に見られれば、ハンカチを噛みちぎる勢いで怒りを表現してくるだろう。

 心の中で冨岡がそんなことを考えていると、ローズが言葉を続けた。


「でも、そうね。一杯だけお茶に付き合ってもらおうかしら。私も忙しいのよ。授業がまだ残っているもの。ね、ヴェル先生」


 ローズがそう問いかけると、ヴェルヴェルディは首を傾げる。


「今日の授業はこれで終わりですよ。指定過程は終了しておりますから」

「そ、そうね。えっと、そうよ、次はマナーの勉強があるの。そうよね、ダルク」


 続いてローズはダルクに問いかけた。しかし、ダルクも首を傾げる。


「ローズお嬢様、マナーの教師は明日の予定でござ」

「ダルク!」

「あ、ええ、そうでしたね。しばし休憩の後、マナーの授業が入っております。ローズお嬢様は大変多忙な方でございますから」


 どう考えてもダルクはローズの言葉に合わせていた。

 一瞬、その意図がわからなかった冨岡は、ダルクに視線を向ける。するとその執事は、嬉しそうに口角を上げて片目を瞑った。老紳士のウインクである。

 そこで冨岡は気づく。

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