第271話 濁流を登る

 何の涙なのか、冨岡にもわからない。それは自然と溢れた感情の粒。冨岡の中でブルーノすら『目の前で困っている人』に分類されてしまったからだろう。

 彼もまた、この非情な現実に翻弄される者。

 己の行いを悔いている彼ならば、元の優しい父親の戻り。アレックスを幸せにできると信じたい。そんな感情が溢れ、涙として発現していた。

  冨岡の言葉を聞いたブルーノは、一瞬驚いてから顔を伏せる。


「だから・・・・・・どうしたらいいんだよ。俺に何ができるってんだ」

「俺にできることなら何でもしますよ。俺はアレックスと約束したんだ。お父さんと暮らせるように協力するって」


 ブルーノに対して冨岡が返答したタイミングでレボルが手を叩いた。

 破裂に近い音が狭い部屋の中で響き、二人の言葉を遮ると共に、視線と意識を集中させる。


「はい、一度落ち着きましょうか。お二人とも、感情を露わにした状態では良い話し合いはできませんよ。建設的な話をしなければならないのでしょう?」


 レボルがそう言うと冨岡は、再び自分が感情的になっていたことを反省し、呼吸を整えた。


「すみません、言いたいことだけを言っても話を進めることはできないですね。止めてくれてありがとうございます、レボルさん」


 冨岡の反省を聞き入れたレボルは、そのままブルーノに話しかける。


「さて、ブルーノさん・・・・・・でいいんですよね?」

「あ、ああ・・・・・・」

「勝手ながらブルーノさんの言い分を簡潔にまとめると、奥さんが出ていったことで全てを失い、まともに働くこともできない。その焦燥感から酒がやめられず、酒を飲めば奥さんに似ているアレックスに対して理不尽な怒りを覚えてしまう。けれど、アレックスに対しては愛情があり、幸せになって欲しいとは思っている・・・・・・細かな話は私がいない時にしていたようだから知らないけれど、概ねこんな感じですか?」


 詳しい話を聞いていないの状況で、ここまでまとめたレボルに対して素直に感心する冨岡。

 またブルーノも、正しい推察に頷くしかできなかった。


「ああ、そうだ・・・・・・俺ではもう幸せにしてやれねぇ。だから・・・・・・」


 再び弱気な言葉を吐くブルーノ。つい先程までの強い口調とは大違いだった。

 いやそもそも強気な態度や口調は全て、弱さを隠すための蓑。己の弱さすら受け入れられないほど弱い証拠だ。

 そんな言葉を断ち切るように、レボルが口を開く。


「そんなことはない。一つずつ問題を解決していきましょうか。料理では問題が発生すると逆から考えていくんですよ。頭から考えると選択肢が多すぎますからね。まぁ、今回も逆から考えてみましょう。アレックスを幸せにできていない、何故か? 満足に食べさせてあげられないから。それは何故か。お金がないからですよね。その理由を突き詰めると、仕事がないから」

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