第266話 姫のその後

 それに対してブルーノは、苛立った表情を浮かべていた。


「この世界の醜さも知らねぇで、善人ヅラしてるテメェには理解できないだろうよ。どうにもならない悲しみも、逃れられない苦しみもあるってことだ」


 ブルーノは言いながら、地面に爪を立てる。

 心から何かを悔やみ、何かを恨んでいる姿に冨岡は違和感を抱いた。

 その言葉に嘘はない。もちろん、だからと言ってアレックスに対しての行為がなくなるわけではないが、ブルーノもまた苦しみ続けていたようだ。

 緊張感から口の中がパサパサに乾いていく。

 それでも冨岡は進むしかない。ここまで深く踏み込んでしまった以上、ここで退くわけにはいかないだろう。


「確かに俺は、この世界の苦しみなんて理解できるほど何かを経験してはない。けど、見て見ぬふりはしないです。ブルーノさんの苦しみを解消して、アレックスが幸せに暮らせるのなら俺は聞かなければならない」

「テメェに何ができるってんだよ」

「俺に何ができるか、ブルーノさんは知らないでしょう。俺がブルーノさんの苦しみを知らなかったように」

「・・・・・・口だけは達者な若造が一番嫌いだ」


 そう話すブルーノ。もしも自分の家ではなければ、唾でも吐き捨てていただろう。そんな表情だった。

 明らかに不服そうな態度だったが、思考を進めるうちに冨岡が諦めないと気づいたのだろう。

 ブルーノはため息をついてから話し始めた。


「テメェが誰に何を聞いたのか知らねぇが、大方アイツは俺に愛想をつかして出ていったと聞いてるんだろ? アレックスの母親だ」

「え、ええ」

「そもそもそこから違う。いいか、ここから先の話はテメェが死んでもアレックスに話すな」


 強く念を押すブルーノ。その語気から重要なことなのだと判断し、冨岡は頷いた。


「わかりました」


 約束を交わしたところでブルーノは話し始める。


「・・・・・・数年前の話だ。俺は自分の工房を持ち、がむしゃらに働いていたよ。生まれたばかりのアレックスのために、アイツのためにな。徒弟も数人抱え、順風満帆と言って良かっただろう。そりゃあ裕福な生活とまではいかなかったが、食う寝るに困ることはなかった。それがテメェの言う幸せな生活ってやつだろうよ」

「そのつもりです」

「はっ・・・・・・おめでてぇなぁ。戯曲やおとぎ話で幸せを掴んだ登場人物が、死ぬまで幸せでいられると思ってやがんのか? 王子と結ばれた姫が他の男に靡かねぇ確証はないだろう。権力や見た目に惚れるような女だぞ、より条件のいい相手がいれば王子を捨てるとは思わねぇのか?」

「何の話ですか・・・・・・」

「なんだ、テメェ。見て見ぬふりしねぇって言葉は嘘か? わかってんだろ?」

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