第249話 この泡立ち! すごいぞ!

 結局、冨岡の話を理解することはできないレボル。

 魔法によって発展した世界の住民に、見たこともない機械を言葉だけで伝えるのは難しい。

 何にせよ実物を見せれば済むことだ。

 それはそうとして、素早く移動できるものが存在するという前提でレボルが話を進める。


「魔物を使わずに素早く移動できるのならば、温かいうちに料理を運ぶことは可能でしょうね。それさえクリアすれば、確かに重宝されるかもしれない。なるほどなるほど、こうして新しい仕事を考えているんですね。素晴らしい」


 まるで自分が思いついたかのように褒められ、少し罪悪感を覚える冨岡。元の世界から既存のものを持ち込もうとしているだけだ。

 けれど、異世界的には斬新かつ突拍子もないアイデア。それも成功例のあるアイデアなので、失敗する可能性は低い。

 そんな話をしながら昼からのピークを越え、移動販売『ピース』は本日の営業を終了した。


「ふぅ、今日も終わりましたね」


 心地よい疲労感の中、冨岡が言うとジュースで水分と糖分を補給していたフィーネが頷く。


「終わったー」

「ははっ、今日もありがとう、フィーネちゃん」

「えへへ、フィーネのお仕事だもん」


 二人の会話を聞きながらカウンターを拭くアメリア。

 レボルは調理器具を洗いながら、スポンジと食器用洗剤に感動していた。


「この泡立ち! 考え尽くされた空洞のある素材が泡を生み出し、この泡が油汚れを浮かす!」


 どこの実演販売なのか、と思うほど大袈裟なリアクションである。

 当然ながら、この世界にも石鹸に近いようなものは存在していた。特殊な植物を潰した汁に洗浄作用があり、どこの家庭や店でもそれを使って食器を洗っている。

 しかし、冨岡がいた世界の考え尽くされた洗剤やスポンジとは比べるべくもない。

 料理人であるレボルが、思わず叫んでしまうのも当然だった。


「何よりこの洗剤! たった数滴で汚れを落とし、新品のような仕上がりに! 調理器具の焦げさえも落としてしまう! はっはっは、これはすごい。すごいぞ! うっすらと香ってくる果実のような匂いもまた、良い!」


 驚くのが当然だとしても、この反応は行き過ぎだなぁ。

 冨岡は苦笑しながら、レボルに話しかける。


「後片付けで今日の仕事は終わりです。特に何もなければ帰ってもらっても大丈夫ですよ」


 冨岡の言葉を聞いたレボルは、驚いたように聞き返した。


「え、明日の仕込みなどがあるでしょう? それに私は少しでもこの設備と食材に慣れたい。まだできることがあるのならば、手伝わせてくださいよ」

「ありがたいお話なんですけど、今から俺たちはしなければならないことがあって」


 冨岡はそう答える。

 言わずもがな、貧民街でハンバーガーを配ることだ。

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