第246話 千年先の技術
突如として恵まれた環境を手に入れたレボルは、あまりのことに思考がついていかない様子だ。
彼は苦笑にも見える表情で深い息を吐くと、落ち着きを取り戻すため一旦冨岡に話しかける。
「あのまま冒険者をしていては得られなかった刺激ですね、これは。あれほど刺激的な仕事だったのに、今日という日を超えるような出来事はありませんでした。料理人として高揚が止められない」
そう話すレボルにエプロンを手渡す冨岡。
「期待してますよ。それじゃあ、この屋台で売っているハンバーガーの調理を覚えてもらいますね」
アメリアたちに開店準備を任せた冨岡はレボルにレシピと手順を教える。
元料理ということもあり、レボルの目は獲物を見据える獣のようであった。自分の知らない料理を覚える。それは彼にとって、かけがえのない楽しみであり戦いなのだろう。
すんなりとハンバーガーのレシピを飲み込んだレボルは、これなら一人で大丈夫だと自信満々に胸を叩いた。
それほど複雑ではないハンバーガーの調理。元料理人の彼にとっては容易なものである。
「それじゃあ、俺はしばらく接客をしながら隣で見てますね」
冨岡はそう言って、すでに並び始めていた客たちに「移動販売『ピース』開店です」と宣言した。
この数日間で移動販売『ピース』の名前は急速に広がり、珍しい食べ物を売っている屋台ではなく、美味しいものが食べられる店として認識され始めている。
この街の住人にとってなくてはならないもの、として定着するのも時間の問題だ。
今日も開店の時点で数十人の客が並んでいた。
いつも通りのフォーメーションで動くのだが、今日は冨岡が接客に入っているためアメリアの手が空く。そこでアメリアは、フィーネと共に行列を捌く仕事に就いた。
ハンバーガーの香ばしい匂いが広場中に漂い、美味の笑顔が溢れる。
思っていたよりもレボルの調理に口出しすべき点は少なく、冨岡はほとんど接客をするだけだ。
朝のピークを越え、昼前になると客足の波間が訪れる。少し落ち着き、再び昼から押し寄せるだろう客に備える時間だ。
「どうでしたか、レボルさん」
そのタイミングで冨岡が声をかけると、レボルは途中手渡したタオルで汗を拭いながら達成感の笑みを浮かべる。
「いやぁ、想像していたよりも忙しいですね。しかし、この忙しさは好きです。さらに食べた人が笑顔になって去っていく。料理人冥利に尽きますな。屋台というアイデアもいい」
「そう言ってもらえてよかったです。調理の方は問題なさそうですか?」
「ええ、最初は見たことのない器具に戸惑いましたが、慣れれば効率的に考えられている機能美に惚れ惚れする。例えるならば千年以上先の技術・・・・・・と言ったところでしょうか」
当たらずも遠からずだな、と冨岡は引き攣りながら口角を上げた。
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