第216話 貧民街は宝の山

 待ち人来たり。

 足音が屋台に入ってくる前に、冨岡は自ら外に出た。


「お帰りなさい!」


 冨岡はアメリアとフィーネの姿を確認して嬉しそうに言う。さながら飼い主を待っていた犬のようである。

 二人は一瞬驚いたように顔を見合わせてから笑みを浮かべた。


「ただいま戻りました」

「ただいまー」


 二人の挨拶を聞いた冨岡は、今日も濃い一日だったなと薄く振り返りながら、緊張から解き放たれたのを感じる。

 そもそも異世界に足を踏み入れてから、濃度の低い日などほとんどなかった。

 おそらくこれからも様々なできることが起きるだろう。それでも、この二人がいれば乗り越えていける。そう思える安心感があった。

 アメリアたちと合流した冨岡は、ふと空を見上げる。もう既に暗くなっており、元々冒険者ギルドに行こう、と考えていた時間を過ぎていた。

 それでも新規雇用を後回しにすれば、結局自分の首を絞めることになる。


「こんな時間になってしまいましたが、冒険者ギルドには行こうと思います。そういえば貧民街の方はどうでしたか?」


 冨岡は貧民街でハンバーガーを配ってきたアメリアに問いかけた。

 するとアメリアは、心からの笑みを浮かべる。


「すごく喜んでもらえましたよ。前に食事を配りに行ってから時間が空き、最近の貧民街がどうなっているのかわからなかったのですが、喜んで受け入れてもらえました。ただ、私としては良かった、と言えるのですが・・・・・・」

「どうかしましたか?」

「元々、貧民街で支援活動をしていたのが『白の創世』だけだったので、それがなくなり生活は不安定だったそうです。もちろん、貧民街の方々も仕事をなさってはいます。しかし、生活できるほどの賃金が得られるような仕事は・・・・・・」


 そこで冨岡は先ほどミルコの言っていた『人手ではなく仕事が足りていない現状』を思い出した。

 仕事を求めている人が多く、仕事自体が少ない。そこで起きるのは雇用する側が雇用される側の足元を見る、ということだ。

 少しでも人件費のかからない相手を雇用する。そうすると、雇用される側は自分を安売りしなくてはならなくなる。紛れもない悪循環だ。

 その循環は社会全体にも大きく影響する。人々がお金を持っていなければ、売れるものも売れなくなり、店も職人も職を失いかねない。

 それによって、貴族と庶民の格差は大きくなっていくばかりだ。


「そうでしたか・・・・・・じゃあ、今の貧民街を支援している団体はない、ということですね」


 冨岡が問いかけるとアメリアは申し訳なさそうに頷く。


「そうです」

「でも考えようによっては、俺たちにとって好機かもしれませんよ」

「え?」


 貧民街の人々が生活苦の中、そのようなことを言うのは不謹慎かもしれない。それをわかっていながら冨岡は微笑む。


「だってそうでしょう。貧民街にどれほどの人がいるのかはわかりませんが、それぞれに何か得意なことがあるはずです。他の人はその埋もれた才能に気づくこともありませんからね。けれど俺たちは気づくことができる。そこに目を向けたから・・・・・・支援しようと考えたからです。その場所は宝の山ですよ」

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