第192話 好奇、好意、妬み

 明らかに思いつきだとわかる冨岡の提案に、一瞬戸惑いながらもアメリアは概ね同調する。


「魔法ではなく食事で病を・・・・・・それが出来るのならぜひそうしたいですね」


 そのアメリアの言葉から冨岡は、自分の培ってきた常識がこちらの世界では通用しないのだと気づいた。

 元いた世界とこちらの世界の違いは挙げればキリが無い。しかし最大の違いを語るのであれば『魔法の有無』だろう。

 人々の生活の中、当然のように存在する魔法。例えば、火を起こす魔法を全ての人が使用できるとしたら、ライターやマッチは生まれるだろうか。

 病や傷を治す魔法があるとすれば、科学的な医療の発展は望めるだろうか。

 少なくとも、アメリアの反応を見る限り食事によって病を防ぐという発想は、まだこの世界に無いらしい。


「じゃあ、次はシリアルを多めに仕入れておきますね」


 冨岡の目標はこの世界に学園を作ることである。

 しかし、それは手段でしかない。目的は困っていることを救うこと。源次郎の遺言を果たすことだ。

 百億円を持っているとはいえ、冨岡はまだ若い。どのように使えばいいのか、少しずつ思案し、手探りで進むしかなかった。

 これもまた手探りではあるが、貧民街の存在を知った冨岡は何かをせずにはいられない。それがたとえ、目先のことしか考えていない偽善的な行為だとしてもだ。

 

 朝食を終えた冨岡たちはいつも通り屋台を動かして大広間に向かう。

 そろそろ街の住民も屋台に慣れてきたのか、好奇の目で見られることは少なくなってきた。

 むしろ好意的に声をかけてもらえるくらいである。


「今日も大広間かい?」

「ハンバーガーおいしかったよ」

「今日も屋台やってるのか?」

「あとで買いにいくから、俺の分は取っといてくれよ」


 そんな声を受けながら冨岡は屋台を引く。

 住民から声をかけられ、少し嬉しそうにしている冨岡を屋台の中から見ていたアメリアは優しく微笑んだ。


「嬉しそうですね、トミオカさん」

「そりゃあ嬉しいですよ。まだ始めたばかりなのに、こうも受け入れてもらえるなんて」

「ふふっ、トミオカさんが言っていた『三方よし』って、このことだったんですね。なんとなく、街に活気が出てきたような気がします」


 いい商売は店と客だけではなく、周囲にもいい影響をもたらす。そんな理想が現実に近づきつつあり、冨岡は少し浮かれていた。

 そう、浮かれていたのだ。

 もしも浮かれていなければ、気づけたはずの視線に気づけなかったのである。

 好奇でも好意でもない視線。

 妬みの視線に。

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