第184話 美作 傑

 美作から解放された冨岡は山を下る車の中で、心拍が落ち着いてきたのを感じた。


「うわぁ、びっくりした。土を掘るって何だよ。こんな夜中にそんなことしないでくれよ。本気で危ない人だと思ったわ。いや、別の意味で危ない人だったけど」


 呟いていると、助手席に置いた美作の名刺が目の端に映る。

 何でも屋美作。現時点で頼みたいことなどあるわけではないが、人脈の大切さは異世界で体感している。


「何かあれば、かぁ。異世界で学園作りを手伝ってくれ、なんて言えないしなぁ。とりあえず名刺だけ残しておくか。それに・・・・・・」


 冨岡の胸には美作の言葉が引っかかっていた。彼の言葉から源次郎の面影を感じたのである。

 困っている人がいたら助ける。

 それだけ聞けば簡単なことのようにも思えるが、それを実行できる人がどれほどいるだろうか。困っている人を助けたいと思っていても、何かの理由で動き出せないことの方が圧倒的に多い。それは異世界もこちらの世界も変わらないだろう。

 美作は実際にそれを言葉にできる人だった。


「あれ? っていうか、名前も言ってないな、俺。これじゃあ連絡してもわからないだろ。何で美作さんも俺の名前聞かなかったんだ? うーん、知ってたとか? いや、ないな。あの感じだからな。忘れてただけだろ」


 多少の疑問は残っているものの、とにかく買い出しが先だ、と冨岡は思考を切り替える。

 それにしても二十四時間営業のスーパーは便利だ。

 いつだって温かな光で受け入れてくれる。そんな感謝をしながら冨岡は必要分の食料を買い込んだ。

 ふとスーパーの中にある時計を確認すると午前二時を指し示している。


「もうこんな時間か。とりあえず今回は必要分だけにして帰ろう」


 時間に追われ、冨岡は新商品開発のための材料を諦めた。

 最低限の荷物を車に載せ、再び山に向かう。


「毎回買い出しに行くのが大変なんだよな。近くに二十四時間営業のスーパー建たないかな? この辺が開発されれば建つか」


 雑な願い事を言いながら、家に戻ってくると見覚えのある車が目に入った。


「あれ、これって」


 それは先ほど山を下る途中で見かけた美作の車だった。


「え、あれからもう三時間くらい経ってるけどまだいるの? そんなわけないよな」


 両手に荷物を抱えながら、冨岡は周囲を見渡す。

 家の玄関に視線を移したところで冨岡の目は美作の姿を捉えた。彼はその場に凛と立ち、家に向かって両手を合わせている。

 その姿は神に祈る信徒のようでもあり、信徒のために奇跡を起こさんとする神のようでもあった。思わず見惚れてしまうほど神々しい立ち姿に、冨岡は言葉を失う。


「あ・・・・・・」


 その一音を聞いた美作は振り返り、先ほどのまでの姿が幻であったかのように軽薄な笑みを浮かべた。


「何だぁ、帰ってきたのか。思ったより早かったな」

「いや、美作さん? でしたっけ。思ったより遅くまでいるんですね」

「傑でいいよ。ああ、ちょっと掘らせてもらってたわ」

「それよりも、今、手を合わせてませんでした?」

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