第180話 何でも屋

「なぁ、アンタ」


 車の外から声をかけられ、冨岡は心臓が跳ねるのを感じた。

 軽快な音楽でも胸の中で掻き鳴らされているのか、と錯覚する。

 冨岡が何も答えずにいると、外の人影は言葉を続けた。


「聞こえてないのか? なぁ」


 そう言いながら運転席の窓に近づき、軽く拳をぶつける。

 ようやく顔が見え、その人影が自分と同じくらいの二十代男性なのだとわかった。


「き、聞こえてます。あの、ど、どうしたんですか」


 冨岡は恐怖から言葉が上手く出てこない。

 男は窓の外でため息をついてから、指で窓を開けるように指示する。


「このまま話すのか? 窓開けた方が話しやすいだろ」

「いや、ちょっとこのままの方が話しやすいですね」

「絶対に声がこもって聞こえるだろ」

「めちゃくちゃ鮮明に聞こえてます。全然大丈夫です」


 窓一枚隔てていないと恐怖でまともに会話などできない。

 冨岡が二度断ったのにも関わらず、男は折れずに言葉を続ける。


「なんだ、窓が開けられないってのか? アンタ、怪しいな。こんな夜中に山奥で何をしてた」


 誰が言っているんだ。絶対、そっちの方が怪しいだろう。

 冨岡は心の中で呟きながら苦笑した。

 夜中に山奥でシャベルを持って、一体何をしていたのか考えたくもない。

 

「この山は俺の祖父が持っていたんです。もう売ってしまいましたけど、山頂近くに実家があるんですよ。今から買い出しに出ようとしていたところで」


 冨岡がそう答えると、男は顎に触れながら何かを考える。

 その間も冨岡は、すぐにでもこの場を去りたいと願い続けた。


「あ、あの・・・・・・」

「なぁ、アンタ」

「はい?」

「俺に協力してくれないか?」

「はい?」


 言葉の意味がわからず、冨岡は素っ頓狂な声を漏らす。その直後、脳が働き始め『協力』の内容が何かと考えた。

 シャベルは土を掘ったり、何かを埋めたりするもの。こんな山奥で土を掘って埋める。それが何であれ絶対にお断りだ。


「え、埋めるのを・・・・・・ですか?」


 冨岡がそう問いかけると、男は不思議そうに首を傾げる。


「埋める? 何をだ?」

「こっちが聞きたいです。こんな山奥で何を・・・・・・いや、全然聞きたくないです。共犯になっちゃうじゃないですか」

「共犯? アンタ何か勘違いしてないか。ああ、そうか。こんな夜中に山奥でシャベル持ってたら、そりゃ何かを埋めてるように見えるよな。違う違う。つーか、アンタの発想の方が怖いっつーの」


 男は否定してから自分の胸ポケットを探り、名刺を取り出した。

 その名刺を窓に貼り付け、口角を上げる。


「俺は何でも屋の美作 傑だ」

「何でも屋?」

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