第126話 執事の役目

 ローズは挑発的な視線を冨岡に向ける。

 これまで彼女の性格や偏食をどうにかしようと紹介された講師や料理人は数知れない。公爵の地位や繋がり、金に釣られて雇われてきたほとんどの者が最初は大きなことを言う。


「どうせ、あなたも・・・・・・・」

「え?」


 ローズの呟きを冨岡は聞き逃さなかった。

 それは心がそのまま言葉になってしまった、彼女の本音。

 自分ならどうにかできる。自分の料理ならば誰でも食べられる。自分なら。そんなことを言っていても、結局はローズの態度に心が折れて『誰にもどうにもできない』と言い残し去っていくのだった。

 そんな過去が彼女の心に分厚い壁を作り出していたのである。

 冨岡はローズの表情から、彼女の性格には二つの要因があると推察した。


「元々の原因と・・・・・・後から積み上げられた壁かな」


 思考をそのまま言葉にしていたことに気づいた冨岡が口を閉じると、ローズは前のめりになって問いかける。


「何よ?」

「あ、いえ、なんでもありませんよ」


 冨岡がそう誤魔化すのと同じタイミングでダルクが部屋に戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらをどうぞ」


 彼が持ってきたのはやけに高級そうなワイングラス。百億円を持っているとはいえ、庶民である冨岡は持つのさえ緊張してしまう。

 机の上に置いたグラスに冨岡が炭酸飲料を注ぐと、細かな泡がはじけて甘い香りを飛び散らせた。

 その瞬間、ローズの視線はグラスの中に釘付けになる。


「わぁ! なにこれ!」


 ローズだけでなく、ダルクも言葉なく驚いていた。

 明らかに二人の興味を惹いたことで得意げになった冨岡は笑みを浮かべる。


「どうですか、ローズお嬢様。気になってきましたか?」

「そ、そんなことないわよ。それにそんなにパチパチしているものが本当に飲み物なの? 口の中で爆発したらどうするのよ」

「素直じゃありませんねぇ。じゃあ、先に俺が飲みますよ」


 そう言って冨岡はグラスに注いだ炭酸飲料を自分で飲み干した。

 口の中でシュワシュワとした甘みが広がり、鼻から葡萄の香りが抜ける。


「うん、おいしい!」


 飲んで見せて安心感を与えるという冨岡の策略に気づいたダルクは、なるほどと頷きもう一つグラスを差し出した。


「それではトミオカ様、私もよろしいでしょうか。後学のためにぜひ味合わせていただきたく」


 ダルクも飲むと言い始めたことでローズはソファから立ち上がる。


「ダルク、あなたまで!」

「ローズお嬢様が心配なされているのであれば、確認するのは執事の役目ですので。どうぞ、お任せください」

「あなた、飲んでみたいだけじゃないの」

「そのようなことはございません」


 言いながらもダルクはグラスから手を離さない。

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