第116話 利己的で結構

 もちろん、冨岡にはそんな意思などない。

 首を横に振って、話を続ける。


「あ、俺は教会とは全然関係ないんです。縁があって身を寄せているだけで、俺の夢とは別ですよ」

「そのようだね。富という力を得たいわけではなく、心から子どもたちを救いたいと思っている。公爵なんてしているとね、人を見る目だけは養われるんだ。私の肩書きに擦り寄ってくる者は多いからね。正直驚いているよ、嘘のない正義を見るのはいつ以来かな」


 言いながらホースは少し前のめりになってから再び問いかけた。


「それを叶えるためには金も必要だが、金だけでは限界があるだろう。建築にせよ、土地にせよ、認可にせよ、とかく一商人には難しい問題が山積みだ。それはわかっているかい?」

「はい。小さな店を出すことすら、貴族様の許可がなければできない、と思い知りました」

「それでも諦めない、と?」

「ええ、そこに少しでも希望があるなら」


 冨岡が言うとホースは何かを察したように微笑む。


「そうか、思っていたよりも策士だな、君は。その希望とは私のことだろう。君は雇われることを見越して、ここに来たわけではない。私とのつながりを求めて呼び出しに応じたというわけか」

「これも公爵様の言う『肩書きに擦り寄る』というやつでしょうか?」

「いや、私から君に寄って行ったんだ。そこに当てはまりはしないよ。それに私にとっても悪い話じゃない」


 ホースはそこで立ち上がり「こうしないか」と冨岡に持ちかけた。


「君を使用人として雇うのは諦めよう。その代わり、個人的に娘の世話係を頼みたい。そうしてくれるのなら、公爵の名にかけてキュルケース家が君の後ろ盾になろう」

「本当ですか!」


 冨岡は思わず立ち上がり聞き返す。

 願ってもない提案だった。ホースの提案は冨岡にとって最良の形である。貴族とのつながりを持った上で、公爵の助力が得られる状態。

 信じられないほどの幸運だった。

 ホースは頷いて言葉を続ける。


「ああ、娘が健康的な生活を取り戻せるのならば私は何も惜しまないよ。元々そのつもりだったが、君という希望を見つけたんだ。手放すわけにはいかない」

「公爵様であれば、無理やり俺に協力させることもできるでしょう。それなのにこちらの条件を受け入れてもらえるとは」


 あまりにも都合が良すぎる、と冨岡が不安を言葉にした。

 するとホースは軽く笑って答える。


「ははっ、簡単な話だよ。人を動かすには権力と金があればいい。だが、人の心を動かすためには誠意が必要だ。君の本領を発揮してもらうには、この形しかないんじゃないかな。自分の夢を叶えるためにローズへ愛情を持って接する、自分のことと同じように悩む。利己的と言えば聞こえは悪いが結構な話じゃないか。いや、ローズはやらんぞ。何だ、愛情って。そこまで許した覚えはない」

「いきなり、恋人の父親行動取らないでください」

「君に父親と呼ばれる覚えはない!」

「こっちにもそんな覚えはありませんよ。そもそも年齢が違いすぎるでしょう」

「何だ? 年齢が合えばローズを娶ろうと思っているのか」

「急に話が通じないな! 思ってませんよ」


 呆れた冨岡がホースを宥めるように言う。

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