第114話 公爵

 挨拶を済ませた冨岡とホースは向かい合って座り、話を進める。


「それで、俺に話って何でしょうか?」


 冨岡が問いかけるとホースはダルクの用意した紅茶を一口飲んでから答えた。


「早速だね。そうか、あまり時間を取らせるのも悪いから、本題に入ろうか。率直に言う、我が家の使用人になるつもりはないか?」

「えっと、この屋敷で調理係として、ですか?」

「ああ、そうだ。昨日話したと思うが娘はどうにも偏食でね。ひどい時には水以外口にしないんだ。だが君から購入したハンバーガーと言ったかな? あれは喜んで完食したんだ。私も食べたが、どんな高級料理よりも美味しいものだった。君が作ってくれれば娘は普通の食生活を送れると考えたのだよ。どうかな?」


 ホースは言ってから再び紅茶を飲む。その余裕の表情は『絶対に断ることができない』という意思が読み取れた。

 貴族家で料理を作るというのは、料理人にとって誉れなのだろう。

 しかし、冨岡は『貴族とのつながり』を求めて来ただけなので、雇われることまでは想定していない。


「あ、あの、そもそも俺は料理人ではなく商人ですからね」


 冨岡がそう答えるとホースは首を傾げる。


「おや、そうだったのかい? あれだけの料理を作る商人か・・・・・・ふむ、そうか。では公爵家の料理人になることは求めてはいない、ということかな?」

「はい、商人として商売をしようと・・・・・・って、公爵家⁉︎」


 思わず冨岡は大きな声で聞き返した。

 公爵という爵位がどういうものなのか、異世界の知識がない冨岡でも知っている。五つの爵位を表す『五等爵』の中では最も上位。主に王族の血を引く者に与えられる爵位だ。

 つまり、目の前にいるホース・キュルケースは公爵。この国では王を含む数人を除けば逆らえる者がいない存在である。

 貴族だと分かっていたが公爵だとは予想もしていなかった。


「あれ? 知らなかったのか。キュルケースの名前を聞けばわかると思っていたんだが、これは驕りだね。どうだい? 公爵家だと知った今でも働く気はないかい?」


 改めてホースに問いかけられた冨岡は即座に頷く。


「ええ、料理人としては、ちょっと」

「ふむ。食い下がるようで申し訳ないが、理由を聞いてもいいかな?」

「その、俺はどうしても稼がなくてはいけなくて」


 冨岡が申し訳なさそうに言うとホースは不思議そうに聞き返した。


「我が家は公爵家だよ。給金はその他の仕事とは比にならないはずだがね。その金額も聞かずに断るとは、どうにもとんでもない金額が必要なようだね」

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