第95話 偏食

 しかし、存外その貴族の男は丁寧な口調で事情を話し始めた。


「もう材料は残っていないのかい?」


 問いかけられた冨岡は即座に思考する。まだ材料は四つ分だけ残っている。そしてアメリアの言うような『無理を言う貴族』ではなさそうだ。そうなれば大切な客の一人。自分たちはいつでも食べられることを考えれば売った方がいいだろう。

 だが、アメリアの表情はずっと強張っていた。貴族というだけでまだ警戒しているらしい。

 アメリアの気持ちも無視できず、冨岡は一旦貴族の男の話を聞く。


「一応閉店してしまったのですが、どこかでこの店の話を聞いて来られたのですか?」

「ああ、そうなんだ。我が家で雇っている使用人から話を聞いてね。どうやら買い出しついでにこの店に寄ったらしい。この世のものとは思えないほど美味しいと聞いてね。どうしても手に入れたくて自ら来てみた、というわけだよ」


 そう話す男の表情は柔らかく優しい。今のところ貴族という権力を振りかざすような様子もなく、悪い人間ではなさそうだ。

 男の話を聞いたアメリアも同じように感じたらしく、少し緊張が解けたようにも見える。

 なるほど、と頷く冨岡だったが男の『手に入れたくて』という言葉に引っかかった。


「ん? 食べてみたくて、ではなく手に入れたくて、ですか?」


 美味しいものの話を聞いて『食べたい』ではなく『手に入れたい』と言う男。そこに違和感を覚えたのだった。

 すると男は自分の頬を掻きながら、事情を説明する。


「いや、もちろん私も食べてみたいのだが、それよりも娘に食べて欲しくてね」


 娘思いの良き父親なのだろうか、と冨岡は相槌を打ちながら話を聞いていた。しかし、アメリアは何かを考えながら首を傾げている。


「ご令嬢に・・・・・・ですか? 失礼ですが貴族様かと存じます。貴族様が『よく分からないもの』をご令嬢の口に入れるをよしとするでしょうか?」


 アメリアはそう問いかけてから冨岡に「あ、ハンバーガーがよく分からないものって言ってるわけではないですよ。すごく美味しいですし、安全性は知っています。ただ貴族様は警戒なされるのではないかと」と補足する。

 冨岡は軽く笑って「わかってますよ」と返した。

 アメリアの話を聞いた貴族の男は少し考えてから口を開く。


「ふむ・・・・・・恥ずかしい話なのだが、私の娘はひどく偏食でね」

「偏食、ですか?」

「ああ、肉と甘いものしか口にしないんだ。有名な料理人を雇い、様々な料理を試してみたのだが、どうしても食べてくれなくてね。一縷の望みを持って使用人から聞いたこの店に寄らせてもらったというわけだよ」

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