第94話 最後の客
「ようやく売り切りましたね」
額の汗を拭いながらアメリアが言う。
日が傾き始め空が橙に染まった頃、移動販売『ピース』はあるだけのハンバーガーをほとんど売り切り、ようやく客がいなくなった。
ハンバーガーを買った客が全員が笑顔になり、誰もが「美味しい」と話していたことを考えると、大成功だと言っていいだろう。
「思っていたよりも疲れましたね」
冨岡はそう言いながら、閉店前から屋台の中で休憩していたフィーネにオレンジジュースを手渡した。
「わーい、甘い果実のお水だ」
フィーネはグラスに入ったオレンジジュースを一気に飲み干す。
彼女自ら疲労を主張していたわけではないが、トラブルに巻き込まれた精神的疲労や魔法を使った疲労を考え、冨岡が休むように進めたのだ。
そんな二人のやり取りを眺めながら、アメリアは屋台の外を片付ける。
冨岡は調理場の掃除をしながら残っている食材を確認していた。
「残っているのは俺やアメリアさん、フィーネちゃんの分くらいですね。あ、メルルさんにもお裾分けしないと。ハンバーガー四つくらいなら作れそうです」
「ふふっ、残しておいてくれたんですね。あれ、そういえばメルルさんは帰られたのでしょうか? お礼を言いたかったのですが」
「あー、メルルさんなら明日のパンを仕込みのために帰りました。無理言って明日の分を使わせてもらったので仕方ないですね」
「それじゃあ、いっぱいお礼をしなきゃいけないですね」
アメリアは冨岡の言葉に答えながらカウンターの上を拭く。何度か拭きながら販売していたが、パンくずやソースが残っていた。これもハンバーガーを売り上げた証拠である。
心地よい達成感と疲労感の中、作業を進めているとアメリアに背後から声がかかった。
「すまない、もう終わってしまったのだろうか?」
内容からして客だろう。アメリアは即座に振り向き返答した。
「あ、はい。先ほどほとんど全てを売り切ってしまいまして」
そこにいたのはやけに身綺麗な中年男性である。明らかに豪華な装いをしており、一目で一般市民ではないとわかった。この男は貴族だろう。
貴族の男は腕を組んで、眉尻を下げた。
「そうか、困ったな」
男が何かを考えている隙にアメリアが冨岡に小声で話しかける。
「トミオカさん」
「はい?」
「おそらく貴族様です。もしかすると無理を言ってくるかもしれません」
「無理・・・・・・ですか」
そこで冨岡は、アメリアが貴族によって困らされていたことを思い出した。自らが目的を持って負った借金とはいえ、無茶な要求を受けているところに冨岡が現れたのである。貴族に対して良いイメージは持っていないのも無理はない。
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