第56話 フィーネの気遣い

 冨岡がそこまで話してもメルルには伝わらなかったらしく未だ首を傾げている。


「パンを売るのは全然構わないのですが、本当に話が見えなくって」


 メルルの疑問も当然だ。冨岡の考えていることなど冨岡以外にわかるはずもない。

 思い立った冨岡は即行動に移そうとする。

 しかし、今はフィーネのことも考えなければいけない。冨岡が思いついたアイデアを実行するには一度単独で行動する必要がある。

 冨岡がそれを悩んでいるとメルルが話しかけてきた。


「どうしたんですか? また考え事をしてますね。まだ私の質問にちゃんと答えてもらってませんよー」


 メルルにそう言われた冨岡だが自分の思考が先走り会話にならない言葉を返す。


「メルルさん! ちょっとだけ時間もらっていいですか?」

「え? いや、まぁ、暇はありますけど・・・・・・本当にどうされたんですか?」


 そこまで確認したところで冨岡はフィーネを見つめた。

 冨岡はアメリアからフィーネを任されている。その責任を放り出すわけにはいかない。

 しかし今から冨岡が起こす行動は巡り巡ってフィーネの為とも言えるだろう。

 どうするべきか葛藤していると、まるで冨岡の心を見透かしたかのようにフィーネが口を開いた。


「あのね、フィーネちょっとここでパン作りを見てみたいの。だからトミオカさんはちょっとどっか行ってて」

「え?」


 唐突すぎるフィーネの言葉に戸惑う冨岡。

 するとフィーネはこう付け足す。


「トミオカさんは女心が分かっていないなぁ。女の子には女の子の事情があるの」

「お、女心ってフィーネちゃん」


 五歳とは思えない察しの良さと口ぶり。冨岡の感情を読み取ったかのようである。

 そんな二人の会話を聞いていたメルルは何かに気づいた表情を浮かべて冨岡に近づき小さな声で話しかけた。


「トミオカさん」

「はい?」

「フィーネちゃんはトミオカさんの事情を察して気を遣っているんですよ。少しなら私が預かっておきますから、何かしようとしているならしてきてください」

「え、ああ、そっか。そういうことだったのか」


 メルルのおかげでフィーネの気持ちに気づいた冨岡は優しく微笑む。

 そのままフィーネの目線に合わせてから頭を撫でてこう話しかけた。


「ありがとう、フィーネちゃん。じゃあ俺は少しだけ離れるからメルルさんの言うことを聞いてここで待っててくれるかい?」

「うん! フィーネいい子にしてる!」


 自信満々に答えるフィーネの言葉を信じ冨岡は次の行動に移る。

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