第20話 異世界で目の当たりするリアル

 まるでそうなることを予見していたかのようにアメリアは膝を着いて幼女を抱きしめた。


「ただいま、フィーネ。いい子にしていましたか?」


 フィーネと呼ばれた幼女は満点の笑顔で頷く。


「うん! ちゃんとお片付けしておいたよ。床の掃除も終わってる!」

「そっか、フィーネはいい子ですね。いつも助かっていますよ。あ、そうだお勉強は進みましたか?」


 アメリアが問いかけるとフィーネは少しだけ顔を逸らした。

 何か後ろめたいことがあるのだろう。

 その様子を見ていた冨岡は自分の幼少期を思い出した。学校の宿題をやりたくなくて源次郎に隠し、問いかけられても知らぬふりをしていたものである。

 そんなフィーネの様子からアメリアも勘づいたらしく、嗜めるように語りかけた。


「ちゃんとお勉強しないとダメですよ、フィーネ。いつかはここを出る時が来るんです。その時に読み書きや計算ができていなければ生きていくことはできません。身につけた知識がフィーネを守ってくれますよ」


 まだ幼いフィーネにそう言っても理解できないだろう。しかし、その言葉にはアメリアの思いが詰め込まれていた。フィーネと同じく孤児だったアメリアがその肌で感じたことだろう。

 アメリアに諭されたフィーネは嫌そうながらも返事をした。


「うん・・・・・・わかった。ごめんなさい」

「わかってくれればいいんです。ほら、顔を上げてください。フィーネに紹介したい方がいるんです」


 そう言いながらアメリアは冨岡の方に視線を送る。同じようにフィーネも冨岡を見上げて、誰だろうという表情を浮かべた。

 二人の視線を感じた冨岡は幼いフィーネに警戒されないように精一杯優しい笑顔で名乗る。


「初めまして、冨岡 浩哉です。よろしくね?」


 冨岡の名前を聞いたフィーネはアメリアから離れてから彼を眺めた。

 どうやら興味自体はあるみたいだが警戒心も持っているらしい。

 アメリアはそんなフィーネの背中を押して挨拶するように促す。


「ほら、フィーネ。ご挨拶ですよ」

「え、あ、えっとフィーネ・エヴィエニスです。五歳です」


 言いながらフィーネは右手を開いて『五』を表した。

 その姿はまさに天使。冨岡の目には大天使降臨の文字がフィーネの背後に浮かんでいるように見える。

 恐ろしいほど可愛らしいフィーネに思わず表情が緩む冨岡。

 フィーネの挨拶が終わるとアメリアは冨岡の説明を補足する。


「今日はこのトミオカさんがご飯を恵んでくださるんですよ。お腹いっぱい食べていいそうです」

「え、ほんと?」


 その瞬間、フィーネは冨岡の足に抱きついた。よほど食べ物が嬉しかったのだろう。

 フィーネが喜んでくれて嬉しい反面、冨岡は普段の食料事情を察して悲しくなった。満足のできる食事ができていればここまで喜ぶこともないだろう。

 もちろん、冨岡が元いた世界にも満足に食べることのできない子はいた。しかし、冨岡の目の前にいたわけではない。世界の真実、リアルとして知っているが身近には感じていなかった。

 しかし、今は違う。よく見るとフィーネの着ている子ども用のワンピースは何度も縫い直した痕跡があり、フィーネ自身は心なしか痩せているような気もした。

 それが異世界で冨岡が目の当たりにしたリアル。

 

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