初陣
第27話寄子の要請
今日は公爵家に軍を派遣してくれと嘆願のあった『寄子』貴族の要請によって出陣していた……
『寄親』と言うのは簡単に言えば大貴族のことで、『寄子』を庇護する必要があるが、『寄親』はお願いと言う形で『寄子』に協力を求めることが出来る……
簡単に言えば『
より細かい事を言えば『寄親』に『寄親』が要るという場合もあるのだが……面倒になるので割愛する。
そして『寄親』が幾つも集まる事で派閥が産まれる……
『公爵』位を戴く我がベーゼヴィヒト公爵は、国内でも五指に入る派閥を持つ大貴族であり、現在の『対モンスター戦争』に置いても、派閥の『寄子』を数多く動員している。
つまり、領内を巡回し賊やモンスターを抑止する兵や騎士、冒険者が減った事で、賊共が元気に暴れているという事らしく要約すれば……
「お前の命令で領地を手薄にしたせいで賊に荒らされているんだけど? どう落とし前付けてくれるの? 早急に対応してくれないと裏切るかも」と言った内容を長々と装飾された文章で書かれ、誠意を見せつつ次代も安泰だと派閥内に知らしめるため俺が御飾の軍事トップとなり出陣が決まったという訳だ。
周囲には騎獣に跨った騎士やその従者に加え数多くの兵が隊列を組んで進行している。
鎧を纏った愛馬に跨る俺もまた。今までに着た覚えがない程の重装備を纏っていた。
落馬すれば自分で起き上がるのが難しいと言われる西洋鎧の話を思い出す程の重装備に俺は癖癖していた。
「はぁ……」
と、思わず俺は溜息を付いた。
盗賊のアジトを襲撃するにあたって、どうにも緊張するのだ。
ヒト型のモンスター……オーガやゴブリンを斬り殺した経験はあるが、異形で背格好さえ異なる彼らを殺しても多少の気分の悪さを感じる程度だった。
しかし、今回戦うのは生身の人間。
世間的にはモンスターと同等とされる盗賊であったとしても、人を殺すという行為は大なり小なり心にクルものがある。
俺の緊張は近くに侍る近衛騎士や騎士の周囲にいる従者に伝わる。格下の相手とは言え、士気が下がるのは良い事ではない。
すると一騎の騎兵が幅を寄せて来る。
「若様。緊張されているようですが大丈夫ですか?」
『
どうやら俺の緊張を見かねて声を掛けてくれたようだ。
俺は取り繕う事無く、ヘイヴィアの質問に答える。
「ああ、どうにも緊張してしまってな……」
「オーガと戦い一人で勝利を勝ち取った方ととても同一人物とは思えないですが、モンスターと同等扱いされるとはいえ人は人と言ったところでしょうか?」
「そうかもしれない……多分盗賊の危機に現実感が無いんだ」
「現実感ですか?」
「ああ、幸いなことに俺は一度も命の危機を直接感じた事は無い。将来に対する不安はあっても自分や顔見知りが死ぬかもしれないという恐怖に加え人を殺すという恐怖もある……」
前世の知識や経験の事は伏せつつもヘイヴィアに語る事で自分の気持ちが整理される。
ああ、言語化して納得が出来た。
俺は怖いんだ。
人を殺して何とも思わないかもしれない可能性が……原作シュルケン君がどんな人物だったか細かくは覚えていない。
だからこそ怖いのだ。
俺はどこまで俺なのか? と……魔法も体もシュルケンで心だけは俺と思っていたが……本当にそうなのだろうか? 気が付かない内に原作シュルケン君の影響を受けていないと否定出来ないからだ。
暫く黙っていたヘイヴィアは強い口調でこう言った。
「若様、必要以上に緊張される必要は御座いません。将と言う者は部下の活躍を褒めてやり決断するのが仕事……若様にとっては、戦場の空気を一度肌で味わうだけでも十分な経験となりましょう……それに……我らベーゼヴィヒト公爵軍に対して失礼です。配下を信じ任せてください!」
ヘイヴィアの言い草に俺は思わず苦笑いを浮かべる。
今、考えてもしょうがない事でうじうじしていてもしょうがない。
「感謝するぞ、騎士ヘイヴィア。無駄に力んでいた肩の力が抜けた」
折角戦うのだ。部下の……嫌、自分の糧に盗賊には成って貰おう……そして彼らの命を持って鍛え上げられた俺達がモンスターを狩る事でこれ以上、彼らのような不幸を産まないように努力しようとこころに決める。
風魔法を発動させ声を全軍に聞こえるようにする。
「兵達よ訊け! 俺はシュルケン・フォン・ベーゼヴィヒトでる。
我ら貴族の不徳によって落ちた盗賊には悪いが、彼らは社会に仇名す悪だ! 彼らに残された贖罪の道は生きる事ではない。モンスターや他国から民を守る兵や騎士である諸君らの糧となる事だ! そして俺は盗賊と戦場を共にする事で誓うであろう! 少しでも彼らのような存在が産まれぬように俺は力を振り絞りたい!! とそのために力を貸してくれ!!」
近くにいるものにしか見えないだろうが、身振り手振りを加え抑揚に気を付け強い口調で話す。
農業改革は時間が掛かる……既に実験は行って結果が出つつあるが広める事を躊躇していたが、盗賊になる理由、背景を考えれば貴族の……引いては出し惜しみしていた俺の責任ともいえる。
引導を渡すのも貴族の務め、貴族の怠慢から生まれた存在を排除する。ただそれだけの事だ……
「「「「「うぉおおおおおお!!」」」」」
兵達も騎士達も剣や槍を空に掲げ俺の言葉に反応を示す。
俺の態度で下がった士気を俺の言葉で上げる……うーん。見事なマッチポンプ。しかし、士気は低いよりも高い方がいい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ついさっきまでガチガチだったのに凄い変わり身の早さですね……」
若い騎士はシュルケンの演説を訊いてそう呟いた。
年若い騎士の言葉にベテラン騎士は言葉を返す。
「ああ、全くだ。一瞬酷く青い顔になってたクセに上に立つ者として虚勢を張っておられる……全く立派だよ。どれだけ頑張ったところでパンを作れる量何てたかが知れている。
食うに困って賊に落ちる奴なんてへりゃぁしないのに……『我ら貴族の不徳によって落ちた』と彼らの罪を自分達のせいだと言ってのけるのは立派だよ」
と皮肉交じりに答える。
「まるで宗教家のようだと言いたくなる程の高潔さです。貴族としての正しき気概は大したものかと……」
「高潔なのは良い事だが、権謀術数渦巻く魔窟で生き延びられるのかね……俺は若様には合ってないと思うんだが……生まれがそれを許してはくれねぇ全くお可哀想なお方だよ……」
ベテランの騎士は心の底から憐れむように言葉を紡ぐ。
「はい……」
「さて、発明家・商人として優れた人間だと身をもって理解しているからこそ期待したくなる……」
「私としてはお飾りトップとして口出しせず大人しくして頂きたいのですが……精神衛生上的に……」
騎士として主君筋には出来れば死んでほしくない。
多くの場合、貴族自らが出陣する事はあっても大抵は陣の後方で近衛兵に守られたまま指示を出す。
忠誠心が低いものでも守るべき民、守るべき家族の代表として『主君』が後ろにいれば嫌でも家族を意識し、士気が上がる。
「兵達を見ろ、小さい頃から真剣に稽古に励むシュルケン様の御姿を近くで見ていた者ほど、自分の子や家族にシュルケン様を重ねやる気に満ちている……」
前を歩く兵達の背中を見るだけで士気が高い事は、経験の浅い騎士でも判るほどに明確だった。
それだけ、民にとって殿上人である貴族……それも公爵家の長子が自分たちと共に戦場へ赴くというのは特別なのだ。
民や騎士の中には先ほどの演説を訊いて涙を流し、肩を震わせている騎士や兵もいる……
ベテラン騎士は冑のバイザー部分をカシャリと音を立てて降ろすとこう言った。
「若様は成人に満たないにも関わらず貴族の義務を我らと果されようとしている……情けない結果お見せする訳にはいかんな……」
「そうですね……」
若い騎士もベテラン騎士に習って冑のバイザーを降ろすと、心に誓う……一兵たりとも無駄死にはさせない。
死んでシュルケン様が歩む覇道の一部となることが出来れば本望だと……
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