ラウンド36 情報の覇者(悪魔)
「ええ……ええ……はい……」
突然震えた携帯電話。
外の広場でドラゴンの生体観察に勤しんでいたジョーは、電話口からの話を聞くほどに渋い顔へとなっていった。
「分かりました。とりあえず、そのままノアに代わってもらえますか?」
「!!」
さりげなくジョーの言葉に聞き耳を立てていた周囲が、ノアの名前を聞いた瞬間に肩を
キリハとシアノ以外が完全に手を止めて注目する中、電話の相手が変わったらしいジョーは深々と溜め息をついた。
「ノアー? とりあえず、会合を優先して朝のスキンシップを我慢したことは偉かったね。それは褒めてあげる。でも、その後の仕事を滞らせちゃ台無しでしょ? そうやって寂しがってごねてても、時間がゆっくりと流れていくだけだって。うん……うん……」
「……ねえ。」
「ああ。」
「明らかに丸くなってる。」
ひそひそと周囲が小声で意見を交わす中、ジョーとノアの押し問答が続く。
その結果。
「……ノアさん? 僕を怒らせてもいいことがないって、分かってるよねぇ…?」
低い声で呟いたジョーは、次に爽やか度百パーセントの笑顔をたたえた。
「あんまりわがままばっか言ってると……―――この前よりひどい妨害プログラムを送って、三日三晩御殿から出られないようにするよ? その間、電話もメールも禁止。そうなってもいいのかなぁ?」
恐ろしい脅し文句。
ノアには効果
「ねぇ、キリハ君。」
「ん?」
「この前よりひどい妨害プログラムって……何? ジョーさん、何かしたの?」
「ああ。」
職員の一人に問われ、キリハは当然のように答える。
「ノアの暴走にキレちゃった時のことだね。大統領御殿の中央執務室に妨害プログラムを送り込んで、政務の効率を七割減にしてやったって言ってたっけ。」
「はあぁっ!?」
キリハの答えを聞いた一同は、一瞬で顔面を蒼白にする。
「三日三晩出られないってことは……今度は効率を減らすどころじゃなくて、システムを止める気満々なんだろうなぁ。」
「いや、ちょっと待って。普通に話さないで?」
「色々と次元がおかしい。」
「常識的に考えて、あっさりと中央執務室に妨害プログラムを送り込めるわけがないでしょ…?」
「でも……あれがジョーの平常モードだからなぁ……」
もう慣れているキリハは、しみじみと語るのみ。
「ドラゴン部隊の参謀代表だった時も、部隊の防衛システムを一人で管理してたくらいだもん。妨害プログラムを中央執務室に送るくらい、ジョーにとって朝飯前なんじゃない? セレニアじゃ、ジョーに頭が上がる人はいないって有名だし。」
「な……何者なんだ、あの人……」
「そりゃ、功労者の表彰も受けるわけだわ。」
「先進技術開発部に異動になりはしたけど、未だに地下室から全情報を支配してるって、もっぱらの噂だよ。ターニャの大統領選の時に、表でも裏でも吊るし上げて叩き潰した人間は数知れず……〝情報の覇者(悪魔)は怒らせるな〟ってのが、今の宮殿の格言だね。」
「情報の覇者……」
「(悪魔)……」
「ノア様、そんな人にあんな熱烈アプローチをしてたの…?」
セレニアの中枢では常識のジョー伝説を聞いた皆さんは、おそるおそるそちらへと視線を戻した。
このまま、彼の堪忍袋の緒が切れたらどうしよう。
周囲の人々が恐れと共にそう思う中―――
ふと。
ジョーの表情が
「まったくもう、冗談だよ。びっくりした?」
彼がそう言って先ほどの発言を取り消すと、またノアの口調が荒くなる。
「お灸にはちょうどよかったんじゃない? お互い大人なんですから、仕事とプライベートは切り分けましょうね。」
子供に諭すように語りかけたジョーは、穏やかそのもの。
堪忍袋の緒が切れるなんて、絶対にありえない雰囲気だった。
「仕方ないなぁ…。じゃあ、頑張って今日の五時までに、ウルドさんたちに頼まれた仕事を全部やり切ってみな。ウルドさんから僕に合格の連絡が来たら、こっちも定時で上がって、御殿に迎えに行ってあげる。」
「………っ!!」
これまでのジョーにはなかったセリフ。
それに、キリハも含めて皆が目を丸くした。
「だらだらと仕事を渋って残業になれば、会える時間が減る。逆にさっさと仕事を終わらせて定時で上がれば、会える時間が増える。考えるまでもなく明らかでしょうが。何か食べたいものがあればメールして。店を探して予約しとく。」
これは…?
間違いなく…っ
皆は互いに目配せをして、うんと頷く。
そんな中……
「ええ? ここまでのご褒美を用意してあげたのに、チャージって何さ? もう……」
ノアからの注文を受けたジョーが、くすりと笑い声を漏らして肩を落とした。
そして―――
「愛していますよ。勇ましいお姫様。」
ついに、核心をど真ん中から貫く発言が、本人の口から零れた。
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