ラウンド35 新たな呼び名

「あー…」

「………」



「うううー…」

「………」



「むううぅぅっ!!」

「ノア様。黙って仕事を進めてください。」



 大統領御殿、中央執務室。



 電話と書類が目まぐるしく行き交う戦場のようなそこで机に突っ伏しているノアに、はす向かいに座っていたウルドが冷静に声をかけた。



 しかし、ウルドの諫言かんげんと他の補佐官の懇願ビームを受けても、ノアの仕事スイッチは入らない。



 その理由は、ものすごく単純で……





「アルが……アルが足りないぃーっ!!」





 というものだった。



「たかだか今朝会えなかっただけでなんですか。この土日は、お二人でゆっくりと楽しめたのでしょう?」



「そうなんだが~……一度心ゆくまでスキンシップを楽しんだ後となっては、ささやかな寂しさも十倍くらいに感じてしまうのだ……」



「……そうなってしまうくらい、アルシード君に甘やかしてもらえたようですね。」



「うむ♪」



 にっこりと笑って頷いたノアは、懐から取り出したネックレスをぎゅっと握り締めた。



「アルはギャップの使い手だ。普段はあんなに子供っぽくて可愛いのに、デートの時は余裕のかっこよさを見せ、戦いの時にはたくましく、甘い時にはとびっきり甘い! あいつは一体、何面性を持っているのだ!? でもやっぱり、最後は可愛くてたまらない! くうぅぅっ!!」



「………」



 補佐官一同、ノアの全力のろけを気合いで聞き流す。



「でもなぁ……」



 次の瞬間、先ほどまでのよどんだオーラが再びノアにまとわりついた。



「あと二週間もすれば、アルがセレニアに帰ってしまう…。今日でこれなのに、私は何ヶ月もアルに触れられない状況に耐えられるだろうか…?」



「………」



「もういっそ、セレニアから政務ができないか!? ……できるわけないよな。私がやりたくてやっている仕事なわけだし、無責任に国を離れるなんて大統領の名折れ。ああでも―――」



「だあああぁぁぁっ!!」



 その時、これまで一番冷静だったはずのウルドが大絶叫と共に席を立った。

 彼は補佐官一同を睨むように眺め、その中の一人を指差して命じる。





「とっとと旦那を召喚しろおぉぉーっ!!」




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