ラウンド32 アルシードとして……

「ええっ!? やっぱり、セレニアに帰るのか!?」



 ノアが満足するまで思う存分ハグとキスで甘やかしてあげた後、もう面倒だからとルームサービスで食事を済ませることに。



 その最中さなかで他愛もない話をしているうちに、ふと今後の話になった。



「そりゃ帰るよ。」



 ノアの膨れっ面を横目に、ジョーは落ち着き払った様子で答える。



「ノアの言うとおり、僕は父さんや母さんを残した状態で、長くセレニアを離れていたくないんだ。昨日のとおり、油断したらすぐに喉を掻き切られるような生活なもんでね。」



 想いが通じ合ったのだから、腹を決めてルルアに拠点を移せばいい。

 ノアがそう思うのもごもっとも。



 自分だって、住む場所自体にはこだわりなどない。

 これだけの能力があれば、どこでだって生きていける自信はある。



 だけどやはり、自分がいてきた種で両親が傷つくのは我慢ならない。



 そして自分の都合に付き合って慣れないルルアで一緒に暮らしてほしいとは、口が裂けても言えないのである。



「ふむ……そうか。どうせならさっさと一緒に暮らしたかったが、それは仕方ないな。」



 子犬のように分かりやすく落ち込みながらも、ノアは特に食い下がらずに引いていく。



 隣に寄り添うつもりなのだから、こちらの望みを無視してルルアに繋ぎ止めることはしない。

 その宣言を守るような、潔い態度だった。



「それにしても、アル……お前、どうしてそんなに四方八方から恨まれることになったのだ? お前はやられたらやり返す主義ではあるが、自分からいらぬ喧嘩は吹っかけまい。腹黒くはあっても、理不尽な手段に出るわけでもないのに。」



「やられたからやり返した結果だね。」



 ジョーはコーヒーをすすりながら、端的に答える。



「優秀な人間が気に入らなくて足を引っ張ろうとする馬鹿とか、逆に自分の懐に取り込もうとする馬鹿とかっているでしょ? そういう奴らの弱みを握って〝うざいから黙れ〟って言ってきただけ。アルシードの情報を消すために普段から色んなシステムに入り込んでて、情報には事欠かなかったから。それを繰り返してたら……いつの間にか、相手がやばい人たちになってた。」



「それを人は逆恨みと言うのでは…?」



「丸裸にした結果が清廉潔白だったなら、僕もちょっとはなびいた……わけないか。すぐに群れて同調したがる凡人の思考は分からないから。一人でいた方が気楽気楽。」



「天才が孤高たる所以ゆえんがここに…。お前、それでよくミゲルやディアとは仲良くできていたな。」



「二人とも、僕にとっての初めてだったからかもね。ミゲルはジョーとして生きてから初めてできた友達。ディアは、初めて同じ天才だと思えた同い年。」



「なるほど。……で、私が初めてで唯一の女なわけだな?」



「まあね。」



「むふふ~♪」



 自分を落とせたことがよほど嬉しいのか、ノアはほくほく顔でパンケーキを頬張る。

 そんな姿を素直に可愛いと思うと、改めて彼女に惚れた自分を思い知るようだった。



「あ、そうだ。アル、一つ訊きたいことがあるんだ。」

「訊きたいこと?」



「うむ。お前、誕生日はいつなのだ?」

「誕生日…?」



「だって、周囲に知られている誕生日は兄のものだろう? アルシードとして生まれた、本当の誕生日はいつなのだ?」

「アルシードとして生まれた……」



 パチパチと目をまたたいたジョーは、深く考え込む仕草を見せる。

 そんな時間がゆうに十数秒は続いた後。



「―――三月……」



 その唇が、おずおずと音を紡いだ。



「三月……十八日……」



 知りたいことを知れて、表情を輝かせるノア。

 しかしそれとは対照的に、ジョーの顔は複雑そのもの。



「どうしたのだ? そんな微妙な顔をして。」

「いや……」



 とっさに言葉を濁したジョーは、すぐに諦めたような吐息をつく。

 そして、眉を下げて微笑わらった。



「特別なことが増えちゃったなって思って。」

「特別なこと?」





「うん。ノアが初めてなんだよ。……アルシードの誕生日を教えるの。」

「―――っ!!」





 両目を零れんばかりに見開くノアと、照れ臭そうに頬を赤らめるジョー。



 しばしの無言の時間。

 その後。



「本当なのか!?」



 ノアがとびきりの笑顔でジョーに詰め寄った。



「本当に私が初めてなのか!? この二年、誰にも誕生日を教えてなかったのか!? キリハにも!?」

「う、うん…。三月生まれだってのは言ったことがあるけど、正確な日付までは……」



「………っ!!」



 その答えに、ノアが唇を戦慄わななかせる。





「―――こうしちゃおれん。」





 感動に打ち震えていたノアはバッと顔を上げると、ジョーの二の腕を掴んで思い切り引っ張った。



「え…?」

「行こう。」



「ど、どこに…?」

「行けば分かる! さあ、出発だ!!」



「ちょおぉっ!? ノアーッ!?」



 問答無用で腕を引かれ、目を白黒させるジョー。

 それは、いつぞやのキリハを彷彿とさせる光景であった。


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