ラウンド15 外堀が埋められてる!?

「今日も可愛いな、私の愛しいフィアンセは!」



 翌朝、いつものように突撃してきたノアが、ジョーの背後からハグをかます。

 げんなりと肩を落とすジョーと複雑そうなキリハに対し、周囲は生ぬるーい目で頬を緩めているだけ。



 研究所における二人への認識は、〝半年ぶりに会えて好きを止められない彼女と、照れ隠しで彼女からの愛情表現に応えられない彼氏〟である。



「……んん? なんだ? 今日は随分と大人しいじゃないか。」

「ええまあ。昨日は徹夜したもので、あなたをあしらう気力がないんです。」



「まったく! 研究が楽しいのは分かるが、時間と一緒に私まで忘れないでくれよ~♪」

「………っ」



 会話が進むにつれてジョーの周りに怒りマークが増えていくが、ノアはそんなもの気にしない。

 まさに柳に風といった様子だ。



「……日課が終わったなら、さっさと政務に行ったらどうです?」

「おお、そうだな! お前が抵抗しないから、いつもより多くの癒しを補充できたよ! 今日はいつにも増して政務が捗るだろう!」



 スキップなんてしながら、るんるん気分で去っていくノア。

 その背中に。



「政務、捗るといいね…?」



 ぼそりと呟いたジョーが、にやりと不敵に微笑んだ。

 そして、その午後―――





「お願いします! さっさとシステムを復旧させてください!!」





 研究所に飛び込んだウルドが、腰を直角に曲げて懇願してきた。



「復旧? 別に、システムは止まってないはずですが?」



 至急で貸し切った貴賓室でソファーに腰かけるジョーは、一ミリも興味ありませんという態度で欠伸あくびを一つ。



「確かに止まってはいないが、すこぶる効率が悪いんだ! どのボタンを押すにもパスワードが必要って、なんなんだい!? しかもパスワードを特定するためのクイズ、べらぼうに難しいじゃないか!! おかげで、御殿中の頭脳要員を掻き集めるはめになってるよ!!」



「ぼ・く・を・お・こ・ら・せ・る・の・が・わ・る・い!」



 ざまあみろ。

 十時間を費やして妨害プログラムを構築したかいがあった。



「ノア様に伝えといてくれます? これ以上イタズラの度が過ぎるようなら、国家機密が犠牲になると思ってくださいって。」



「天才科学者の次は、国際的な犯罪者として名を挙げるつもりかい!?」



「それも一興ですね。さすがに、そんな大それた前科持ちを恋人にするわけにはいかないでしょう? あの人も、少しは懲りたんじゃないですか?」



「それが……」



 渋面を作るウルド。



「ノア様は、〝なんとも愉快なことをするな!〟と豪快に笑い飛ばして、いそいそとクイズに答えているよ。」



「……ちっ。中央執務室だけじゃなくて、御殿全域にプログラムを送り込むんだったか。」



 さすがは一国を治める者と言うべきか。

 この程度のアクシデントは笑って流せる器量をお持ちだと。



「……はぁ。」



 ジョーは溜め息をつき、持ち込んでいたノートパソコンを開いた。



 おそらくウルドは、ノアではなく他の補佐官たちに急かされてここに来たのだろう。

 そんな彼に文句を言っても仕方ない。



「今回はこれで勘弁してあげます。また泣かされたくなかったら、あなたがノア様を説得してください。あの人、楽しむだけ楽しんで、僕と直接話し合うつもりがないようなので。」



 あらかじめ用意してあった、回復プログラムを送信。

 向こうが変に防衛システムをいじっていなければ、あと数分も経てば元通りだ。



 ノアが周りから攻めていくというなら、こちらもその手に訴えさせていただこう。

 補佐官歴が長く、右腕ともいえる立場のウルドからの諫言かんげんなら、さすがのノアも少しは聞くだろう。



 そう思ったのだが……



「申し訳ないが、それはできない。」



 こちらの予想を大きく裏切り、ウルドが否を唱えた。



「……はい?」

「できないと言った。私は、ノア様が君を伴侶とすることに賛成なんだ。」



「寝言は寝てから言っていただけます?」

「だって君、今フリーだろう?」



「そ・れ・が・な・に・か?」

「考えてもみてくれ。」


 

 急速に膨らんでいくジョーの威圧感に怯むことなく、ウルドは滑らかに語る。



「キリハ君の時はさすがに年下すぎないかと思ったが、君とノア様は三つしか離れていない。それに君ほどの賢さなら、ノア様を上手く飼い慣らすこともできるだろう。年齢的にも性格的にも、ピッタリお似合いだと思うんだよ。」



「おい。」



「それにキリハ君の時と違って、今回のノア様は本気の本気だと思う。」



「……何を根拠に?」



「まず一つ!」



 ウルドがビシッと指を立てる。



「君がノア様に連絡を入れなくなってから、ノア様の仕事効率が明らかに落ちた。週に一回は、君の愚痴で政務が止まるほどだ。キリハ君に呼ばれて君が来るまでの間なんか、会話すら成り立たないことも多々あったんだからね!」



「………っ」



 まさに、キリハから聞いた話と一致する。

 出だしから反論を失うことになったジョーの前で、ウルドの熱弁は続く。



「そして、いざ君と会ったらどうだ? 仕事の速度が元通りどころか、それ以上だよ! 君に会いに行かせませんよって言えば、まあ~なんだってやること! 正直、ものすんごく便利なんだ! だから!!」



 言葉と同じくものすごい勢いで、ウルドがジョーの両手を掴む。



「ぜーったいに逃がさなーい。補佐官一同、地に這いつくばってでも君を離さなーい。」



(圧! 圧がやばい!!)



 想像以上の剣幕に、ジョーはドン引きするしかない。



 なんでノアより、あなたの方が必死なんですか!?

 補佐官一同って、まさかこの件、御殿中に広まってたりします!?



 目を白黒させるジョーに、ウルドがにっこりと笑いかけたのはその時。



「と、いうことで。せっかくだから聞いておこう。式の日取り、いつがいい?」

「し、式!?」



 待て待て待て!

 牽制どころか、ゴールインへばく進しそうなんだけど!?



「もう、諦めたらどうだい?」



 ノアの精神でも乗り移っているのか、ウルドの暴走が止まらない。



「ノア様ったら、あまりにも嬉しかったのか、もうご両親に好きな人ができたって報告してるから。」

「はあぁっ!?」



「ご両親も大変お喜びで。ノアが選ぶ人ならまず間違いはないと、歓迎ムード一色のようだ。」

「それはご両親がおかしいと思いますねぇっ!!」



 あの人、マジで何考えてんだ!?

 外堀を埋めるにしても、両親はやりすぎだろ!!



 しかも今さらっと、好きな人って……

 キリハ君の推測が確定しちゃったじゃないか!!



「くそ…っ。回復プログラム、送るんじゃなかった…っ」



 どうやら、まだまだお灸が足りなかったようで。

 最低でも三日は苦労させた上に、もっとひどい妨害プログラムを叩き込んでも、腹の虫が収まりそうにない。





「でも――― 断らなかったんだろう?」





 その時、ウルドの声音が一気に落ち着いた。


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