任務概略
アルフィア共和国一のスパイチーム「霞」。
世界単位で見ても、一二を争う超実力派集団。
その「霞」が明確にライバル視するのが、クウェルティ帝国のスパイチーム「朧」。
両者による戦いの火蓋が、切られようとしていた...。
「おい。新しい任務って、例の『霞』関連のやつだったよな?俺達と同レベルって噂があるらしいが、信じられねぇよな」
黒いスーツに、黒い帽子をかぶっている男がいる。
男はタバコを咥えながら、バーの隣の席に座っている少しガタイの良い男に話しかけた。
「一度、他のチームの奴らに囮として暗殺を命じたが、全員死体になって帰ってきたそうじゃねぇか」
黒スーツの男が続けて話しかけると、隣に座っている男は顔を黒スーツの男に「ああ」とだけ応じた。
その男は、グラスに残ったカクテルを飲み干すと、「また厄介な任務もちこみやがるなあ」と独り言をぼやいた。
「うちのリーダーには困ったものだ。だが、うちに相応しい任務だと思わないか?レーゲン」
そう呼ばれたのは、たった今カクテルを飲んでいたガタイの良い男だ。
コードネーム「戦友」。
彼のスパイとしての基本的なステータスは、低く見積もっても上(じょう)の中(ちゅう)といったところだろう。上(じょう)の上(じょう)に入るのは世界で五人といないだろうが。
コードネーム「戦友」とは、彼の古い友人が任務中敵の銃に倒れ、死ぬ間際に付けたそうだ。それまではコードネーム「無名」を名乗っていたらしい。
彼は、普通のスパイとは少し違う所がある。
それは、任務時以外(任務内容によっては任務中も)両腰に差している剣だ。
いざという時の護身用の為であるが、それを身に付けている様はスパイとして失格なほどに彼を目立たせていた。
クウェルティ帝国では銃や剣の所持は認められているが、それでも実際に身に付けているものは決して多いとは言えない。
見かけることはあるが、それは基本軍人である。
「それにしてもよぉ、レーゲン。その腰の剣どうにかならないのか?目立って仕方ねぇだろ」
決して珍しくはない。
街に出ても、そういった武器を身に着けている人間はいることにはいる。
ただ、印象に残りやすかった。
「別に構いやしないだろ。敵スパイに顔を見られようもんならこいつで斬ってやる」
「頼もしいこった」
二人が談笑を交わしていると、女性が二人、店に入ってくる。
すぐさまに二人がいる席の隣についた。
二人ともやや長身で、艷やかだった。
「集合場所、あってたのね」
黒いコートを着た女がつぶやく。
「そんなに分かりにくい場所でもねぇだろ」
「そうね。でもそれもそれで問題だわ」
後から入ってきた二人の内、黒コートの女はつまみとワインを、もう一人のジャンパーを着た短髪の女性はジンのカクテルを頼んでいた。
「ボス達はまだ?」
「たった今、任務を終えたとの連絡が入ったところだ」
黒いスーツの男が答えた。
彼の名はブライス。スパイチーム「朧」の一員だ。
ゴードネーム「酒呑(しゅてん)」。メンバーからは「さけのみ」と揶揄されることもある。
文字通り、酒呑みだから酒呑(しゅてん)なのだ。
彼も彼とて、つい二、三日前まで一人で任務にあたっていた。
並のスパイならチームで挑む程の任務だ。
「遅れてすまない」
声のした方を見ると、バーにもう一人男が入ってくる。
灰色の長髪で、髪を結んで肩にかけている一見女性に見えるような男だ。
この男こそが、スパイチーム「朧」のボスだ。
ボスはバーのカウンター席まで近付くと、「場所、移そうか」と持ちかけて店を出るよう指示した。
「じゃあ何でこのバーを集合場所にしたんだよ」
ブライスが抗議する。
「このバーの構造が少し想像と違ってね。あまりにも人目に付きやすかったので」
と、ボスが丁寧に応答する。
いつも冷静で、非の打ち所がない、と言った完璧人間だ。
このチームはクウェルティ帝国諜報部最高幹部長を務める我らがボスが集めた精鋭で結成された。
約一年ほど前の出来事だった。
「一度屋敷に戻ろう」
屋敷とは、彼ら「朧」のメンバーが暮らす「月夜(げつよ)の恵」と呼ばれる建物だ。
所在地は、メンバー以外知らない。
クウェルティ帝国の皇帝や貴族ですら、その場所に踏み入ることは許されず、場所を知ることもない。
「じゃあ、行くか。マスター、また来るぜ」
ブライスはその店のバーテンダー兼店主であるおっさんに声をかけた。
ごく普通のバーテンであるが、店内で客がどんな話をしていても一切話に首を突っ込まず、口外しないということを念頭に置いているようで、いつも寡黙なイメージがある。もちろん、このバーを利用するにあたってこのバーテンの素性は洗いざらい調べているが、不審な点は一切見当たらなかった。
バーテンには前に一度、帝国内に侵入したスパイの情報収集を頼んだ事があった(もちろん外見的特徴だけ伝え、その人の話を盗み聞きして欲しいと言っただけで、スパイと悟られないように対策は施した)が、軽く断られている。
バーから出た「朧」メンバーは、屋敷に繋がる道まで来ると、慣れた手つきで仕掛けを抜け、屋敷まで帰ってきた。
普段、リビングは任務の報告や次の任務の説明といった事の他に、食事や仲間が集まって談笑をしている、ある意味憩いの場となっている。
もともと屋敷にいたメンバーも、リビングに集まって来た。
「さて、帰ってきて早々くつろぐ暇もなくて悪いのだが、次の任務の話をさせてもらう」
ボスがメンバーに向けて話始める。
任務内容が任務内容だけに、場の空気はピリついていた。
「ご存知の通り、次の任務はアルフィア共和国のスパイチーム、『霞』の足掛かりを掴む、というものだ。正直、存在しているのかさえ疑わしいような連中だ。近頃、帝都付近を監視している輩がいる。そいつが例の『霞』との噂だ。そうなってしまった以上、我々がやるしかない。既に我々のためにいくつかの帝国のスパイが犠牲になってくれている。この任務は、おそらく今までで最高難易度の任務となるだろう。よってチーム全員で作戦に臨む」
「朧」は帝国最強のスパイチームだ。
普通の任務ならば全員で臨むということはまずありえない。
今回は極めて異例だった。
「作戦概要を説明する。まず、ヘンリーとアンネは他のスパイチームに混ざって、帝都を監視しているという『霞』のメンバーを追ってくれ。マイと私でサポート、及び敵の逃走経路を予測し、罠を張っておく。残ったレーゲン、ブライス、クリフトの三人で、奇襲を仕掛け、イェーラが逃走経路を塞いで生け捕りにする。最悪の場合は殺すもやむなしだが、極力避けて欲しい。よろしく頼む。決行は三日後。以上だ」
そう告げられると、メンバーは頷くだけで何も言わずに各々準備を始めた。
しかし、一人だけ、目を瞑(つむ)り、ただただソファの上に座って座禅を組む者がいた。
レーゲンだ。
「何もしないのかい?レーゲン」
「必要ない」
レーゲンがこう任務にひたむきでないのは今に始まった事では無かった。
任務中に平気で寄り道するし、話は聞かないし、掃除、洗濯、炊事といった当番はサボるし、なんなら常駐で人に目立つような格好(両腰に差した剣)をしている。
傍から見れば厄介者でしかないこの男だが、それでもボスが手放そうとしないほどの相当な実力者である。
「少し出歩いてくる」
「こんな時間からどこへ?」
疑うわけではないが、少し気になったボスがレーゲンに質問する。
「冷えた飲み物(もん)飲みてぇと思ってな。来るか?」
「遠慮しておこう」
「そうか」
そう言って、彼は屋敷を出た。
屋敷を出ると、ポッケにしまったタバコとライターを出し、そっと火をつける。
「はぁ。『霞』か。お相手には申し分ねぇや」
わざわざここまで追ってこなくても良かっただろうに。
いささか、お相手さんの気持ちが思いやられるな。
帝国のスパイに目をつけられると、振り解(ほど)くのが厄介だぜ。
特に「朧(うち)」のメンバーはよ。
自販機で飲み物を買った後で、彼が屋敷に戻ると一目散にブライスとクリフトが先程レーゲンが瞑想をしていたソファに座り、地図を広げ、任務について二人で何か話しているのが目についた。
「なぁ。俺も交ぜてくれよ」
レーゲンがそう言って近づく。
「お前がいなかったから二人で話してたんだろが」
案の定ブライスにキレられた。
頭にピキりと入ったブライスを「まぁまぁ」と聡し、彼も席に着く。
「さっき確認してきたが、狙撃班のヘンリーとアンネの話だと、他のスパイチームの奴らが囮になる。囮に目を向けている間に奇襲し、このイルビ商店街から裏路地に追い込む。完全に人目につかなくなったところで、ヘイリーとアンネが合流。裏路地を右へ左へと進ませ、ここの角屋の裏で俺等が奇襲を仕掛け、拘束。こういう手はずになるそうだ」
ブライスから具体的な概要を聞き終えると、レーゲンはその場で腕を組んで寝てしまった。が、その様子はさながら勇ましかった。
一方で他の班はというと、ボスとマイの支援班は罠の設置場所、創作、起動方法などを今までに使ったことのあるもの以外で、新たに模索していた。
相手が帝国最強の自分たちと並ぶ実力という話もあり、普段から行っている手慣れた作業が、より一層慎重に行われていた。
かくして、クウェルティ帝国諜報部スパイチーム「朧」と、アルフィア共和国諜報局スパイチーム「霞」の初戦が始まろうとしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます