第13話:旦那ぁ、青田買いはよくありませんぜ



◆◆◆◆



 祭りの屋台が並ぶ神社の参道を、光悦と藤は並んで歩いている。年端も行かない童女の藤が隣にいると、少しは剣呑な光悦の雰囲気が和らぐのか、道行く人々が光悦を見ておびえた顔で道を譲ることはない。藤の体は小さいが、光悦が手を引くことはなかった。その代わりさりげなく彼女が人ごみに埋もれないように誘導していた。


 それに気づいているのかいないのかは分からないが、藤は物珍しそうに屋台を見て回っている。焼き菓子、水飴、団子。菓子だけでなく面や独楽などの遊具なども藤の目を引いているらしい。


「どうかされましたか? 光悦様」


 そんな年齢相応の好奇心旺盛な姿を見せる藤を、つい光悦は目で追っていた。それに気づいたらしく、藤が彼の顔を見上げる。


「……いや」

「巧言令色鮮し仁、と昔から申しますが、私の前では気取らないでくださいな」


 平然と故事成語を口にする藤だった。これでまだ十二歳とはとても思えない。


「……まったく、お主という者は」


 思えば、最初に荘子楼を訪れたのはただの偶然だった。しかし何の縁か、この藤という禿は、光悦の人生にするりと猫の子のように入り込んでいた。


 藤の顔はまるで万華鏡のように変幻する。一瞬前は年齢相応の童女、しかし一瞬後はふてぶてしささえある禿、というようにだ。成長したら魔性の女となるのは間違いないだろう。


「それで、どうされたのですか?」


 再び促され、ようやく光悦は口を開く。


「……祭りの屋台に目を輝かせているお主を見ると……」

「見ると?」

「……お主も年端も行かぬ童女であった、と改めて実感したのだ」


 ようやく思うところを口にした光悦だったが、それに対し藤は着物の袖を口元に当てた。


「まあ、恥ずかしいです」


 口ではそう言っているが、藤が本当に恥ずかしがっているかどうかは分からない。態度だけかもしれない。


「……常日頃からお主は大人びていたからな」


 光悦の感想ももっともだ。これほど肝が据わっている少女など他にはいない。だがそれは、彼女が痴れているからなのだが。しかし、光悦の言葉を聞いた藤は、少し考え込むような態度を取った。


「困りました。これからはどういう顔をいたしましょうか」


 どうやら一丁前に照れているようだ。


「……拙者の前では、気取る必要はない」


 先ほどの藤の言葉を返す。光悦なりの意趣返しともいえる言葉だ。


「あら、一本取られてしまいました」


 くすくすと熟練の太夫のように笑う藤が不意に立ち止まった。彼女の視線の先にあるものを見た光悦は、わずかに苦笑した。そこには、飴細工の屋台があった。練った飴を鋏で様々な細工をして売る職人たちがいる。


「……一つもらおうか」


 そちらに近づく光悦に藤は続く。


「光悦様は甘党なのですね」

「……お主に買うのだが」


 一瞬、要らぬ気づかいだったのかと光悦は思った。何千と繰り返した立ち合いの場合は、最適の動きが身に刻まれている。しかし、藤という童女を相手にすると、とたんに剣の経験は無意味となってしまうのだ。それが歯がゆくもあり、同時に面白くもあった。


「ふふ、いただきます」


 しかし幸い、光悦の逡巡は杞憂に終わった。嬉しそうにする藤を見て光悦は胸をなでおろした。屋台の職人は水飴を練り、それが完全に固まる前に素早い手つきで鋏を入れて形に整えていく。自分は剣、一方この職人は鋏。握る得物こそ違うが、やはり熟練の者の腕は見ていて素晴らしいと光悦は思った。


 果たして自分の剣はこうなのだろうか。修羅になるまで鍛えた自分の剣は。考える間もなく、飴は出来上がった。形は金魚だ。


「へい一丁上がり。お子さんですかい……って、吉原の禿じゃないですかい!?」


 それまで飴にのみ集中していた職人は、代金を払った光悦の隣にいたのが禿だと今さら気づいたらしい。驚きの声を上げて目を丸くする。


「……知り合いの太夫に、祭りを共に見て回るよう促されてな」


 光悦は大真面目な顔でそう言ったが、職人は目尻を下げてにやにやと笑った。


「旦那ぁ、青田買いはよくありませんぜ。いくらなんでも、唾をつけとくのが早すぎますってば」

「……いや、違う」


 どうやら職人は、光悦が藤を今のうちに自分好みにしようとしていると勘違いしたらしい。


「まあ、そうしたくなる気持ちは分かりますけどさあ。いつかその子が太夫になっても、うちを贔屓にしてくだせえ」


 彼は藤にも微笑みかけた。


「お前さんも、今のうちに目いっぱい遊んでおきな。客がついてからは自由がきかなくなるからな」

「はい。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる藤は、いつも通りの落ち着き払った声と態度だった。



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