第11話:光悦ももちろん行くよな
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うだるような暑い夏の日のことだった。蝉時雨の中、道には陽炎ができ、雲助が汗をぬぐいながら駕籠を担いで走っている。外刀流の道場の離れで、門下生たちが縁側で入道雲を眺めていた。一人、光悦だけが畳の上で刀を抱いてうずくまっているが、残りは縁側で素足をたらいに入れて少しでも涼もうとしている。
「暑ぃなあ~。なんだよこの暑さは」
「お天道様もそのうち燃え尽きちまうんじゃねえかってくらいだな」
河村勘兵衛と蜂須賀甚六がぐったりしながらそう言っている。
「おい、光悦。お前だって暑いよなあ」
甚六が部屋の中、ふすまの陰でじっとしている光悦に問う。
「……はい。暑うございます」
「その割には顔に出てねえよなあ」
甚六の言うとおり、他の門下生と違い光悦の顔は暑さでうんざりしている様子はない。平時と同じ、生気のない目と顔つきのままだ。
「体には気をつけろよ、光悦。お前は病人なんだからな」
「そうそう。丈夫だけが取り柄の俺だってへばるんだ。体は大事にしねえとな」
「……心得ております」
光悦は蚊の鳴くような声で答えた。
「しかし、こうやって暑い暑いって言ってるだけじゃ面白くねえよなあ」
「甘酒でも飲むか? 印紙で冷やすぜ」
「もったいないだろ。お前のために使えって」
そう言っている時だった。
「――おい、お前たち。いい知らせだぞ」
母屋の方からやってきた巨躯は、明らかに石動だった。
「あ、石動の兄ぃ。どうしたんです?」
「もうじき夏の祭りだが、俺たちも行ってもいいとのことだ。たまには羽を伸ばせとお師匠様が言ってくださったんだ」
「本当ですか! そりゃ嬉しいや! 暑さも吹っ飛ぶってもんだ!」
立ち上がって喜びをあらわにする勘兵衛に石動は苦笑する。
「はは、現金な奴め」
光悦は石動の言葉に耳を傾けているが、何の反応もしない。
「当日は吉原の遊び女たちも屋形船を出して舟遊びとしゃれこむらしいじゃないか。俺はぜひ行きたいねえ。いやあ、お師匠様には感謝だなあ」
女遊びには人一倍詳しい甚六がすぐにそんなことを言う。もしかしたら、許可が下りなくてもこっそり抜け出した可能性もありそうだ。
「あまり羽目を外すなよ。船から川に投げ込まれても俺は助けんからな」
「分かってるって。兄ぃに迷惑はかけませんってば」
兄弟子たちが喜ぶのをじっと光悦は無言で見ていた。そこに、笑顔のまま石動が近づく。下駄を脱いで畳の上に上がる。
「光悦ももちろん行くよな」
「……いえ、拙者は」
元より病身の光悦は喧騒を好まない。
「行くよな?」
石動が迫る。塗り壁のごとき巨漢が迫ると有無を言わさぬ迫力がある。
「……ご同行させていただきます」
「戦と同じだ。食べられる時に食べておくように、遊べる時に遊んでおけ。分かったか」
光悦がうなずくと、石動は身を起こし大声を上げた。
「といっても、俺も楽しみたいからな。奉納相撲があるそうだから、一暴れしたくて仕方がない。お前たちの面倒は見きれん。当日は自由にふるまえ。どこへ行くのも俺が許す!」
途端に、わっと歓声が上がった。石動は満足げにうなずき、それから光悦に視線を向ける。
「光悦、お前も好きにしろ。きっと楽しめるぞ」
「……はい」
静かに立ち上がった光悦に、足を手ぬぐいで拭った甚六が近づく。
「おい光悦、石動の兄ぃがお前のことを思って言ったのが分かるよな?」
確かに、石動が無理に進めなければ光悦は祭りに行くことはなかっただろう。
「……不出来な弟弟子で恐れ入ります」
「なあに、いいんだよ。同門じゃねえか」
甚六はそう言うと、光悦の肩を軽く叩いた。
「せっかくの祭りだ。楽しもうぜ」
勘兵衛も笑いながら伸びをする。この方々には世話になりっぱなしだ、と改めて光悦は思うのだった。
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