第2話 運転手の俺と杖を持つ君
麻宮木葉
「うわぁ、あいつまた来てるよ」
気を抜いてしまうと、何処からかそんな声が聞こえてくる。
私は杖がないと歩けなくて、色んな人に迷惑を掛けてしまう。先生は気を遣ってくれるけど、それが贔屓されていると感じるのか、私は学校で嫌われていた。
お母さんと運転手さんには嘘をついている。「クラスの人気者」なんて、私から最も遠いものだった。
「あいつ、車で通ってるらしいよ」
「あいつだけズルくね?」
「杖あれば歩けてんのに」
学校に来る度に色んなことを言われる。それはどれも悪口で気持ちの良いものじゃない。
「大丈夫…頑張れ、私」
ここ最近の私は、何度もそうやって自分に言い聞かせていた。
ーーーーーキーンコーンカーンコーン。
チャイムがなって最後の授業が終わった。
(何とか乗り切った…)
時計を見ると時刻は4時40分だった。あと20分もあれば杖を使って移動する私でも、余裕を持って裏門へ行くことができる。
(でも少し急がなきゃ。運転手さん、いつも早んだよね)
急いで荷物を持ち、杖を取ろうとした時だった。
「あれーーーー杖が…ない?」
いつも置いてある場所に杖がない。その事実を知った時、ついに始まったんだなと、そう思った。
これまでは陰で悪口を言われるだけだった。別に、それくらいならどうってことない。私が我慢をすれば、誰にも迷惑をかけないからだ。
でも…今回のこれは、杖を買ってくれたお母さんや運転手さんにまで迷惑をかけてしまう。
(どうしよう…)
私は杖がないと歩くことができない。こうなってしまった以上、地面を這ってでも裏門へ行くしかないのかも知れない。
「大…丈夫…?」
そんな時に声をかけてくれたのは、佐々木えりかさんだった。彼女も私ほどではないけどクラスで浮いている存在だ。友達…とまではいかないけど、浮いている者同士少しだけ交流があった。
「あはは…杖無くしちゃったんだよねー。良ければ裏門の方まで行くの、少し手伝ってもらえるかな?」
俺が着いた頃には、既に木葉が裏門近くのベンチに座っていた。待たせたのかと思い、急いで彼女の元へ駆け寄る。
「ご、ごめんな。待たせた」
「ううん、大丈夫だよ。まだ約束の5分前じゃん」
心なしか木葉の表情と声音には、いつもより元気が無いような気がする。ただ今はそれ以上に、他に気になることがあった。もしかすると、それが彼女に元気が無い理由なのかもしれない。
「…杖、どうした?」
俺がそう聞いた後、彼女は暫くの間人形のように固まっていた。その様子はまるで、悪いことをした子供が言い訳を探しているようにも見える。
「…あっ、えーっ…と、無くしちゃって…」
木葉はばつが悪そうにそう言った。その様子から、彼女のそれが嘘だという事はすぐにわかった。
「そっか…なら買いに行くか?」
「え? でも…」
「無いと困るんだろ?」
困惑したような表情でこちらを見る彼女に、俺はそう問いかけた。どうして無くしたのか、その理由は聞かなくても良いだろう。気にならないと言えば嘘になるが、俺は彼女が話してくれるまで待つことにした。
「そう…だね」
「よし、なら行くか」
「うん…ありがとう」
彼女のために俺ができることなんて、せいぜいこれくらいのことだ。彼女を支える杖のようには決してなれないのだと、この時の俺はそう思っていた。
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