LifE

ナギシュータ

高架下

 彩度の低い曇天。無数の水滴が見えそうなくらい、湿った空気。実際に形となって降ってくるのも時間の問題だろう。人の姿は既に消え、ガードレールのない道路をなぞるエンジン音も聞こえなくなって久しい。

 叫びの代わりに漏れる、深いため息。睨むように細まった瞼の奥で、夜空のような深青の瞳に散らばる、星屑のような黄色い模様。

 河川敷の湿った雑草を踏みしめながら、少女は全てを投げ出そうとしていた。


 通学バッグを肩から外し、ど、と地面へ落とす。半開きのファスナーから覗く、少しよれた教科書達と、黒板の写し書きとなったルーズリーフ達。そして、その隙間はムカつく記憶達で一杯になっている。少女にとって、二度と見返したくない"青春"だった。

「ほんと、頭おかしい。あいつも、こいつも……」

 工作用ハサミを入れられて以来、伸ばさなくなった髪の毛を手でかき分け、むしりそうな勢いで掴み、頭を抱えて少女は俯く。ただ、普通になりたいのに、身体がそれを許さない。学校がそれを許さない。親がそれを許さない。何も考えずに、集団の中へ溶けていきたいのに、何故かいつも、孤独に弾かれる側。


 髪の毛を握る手へ、湿度が飽和したかのように雨粒が落ち始めた。みるみるうちにその数は増えていき、服に染み始める。

「だるすぎ……クソ」

少女は足元の通学バッグに蹴りを入れて一瞥し、置き去りにして少し先にある高架下へと向かった。


 霧のように白くぼやけていく外の光景は少し綺麗にも見えたが、実際にその雨に降らされる身からすると、ただ不快な方が勝った。

 コンクリートの下には雨粒が落ちてくる事はないが、ホワイトノイズのような音は空気を伝って等しく届き、鼓膜を揺らしてくる。考えたくないはずの事で一杯になった思考回路に割り込み、更に収集が付かなくなる。

 川へ流れ込む雨水のように、無数の中に紛れたいのに。

 汚れた油のように私だけ浮き出てしまう。

 いつしかホワイトノイズの中に自分の呻き声が混ざっている事に、少女は気付いていなかった。

 そして、自らの背後に人影が迫っていた事にも。


「泣いたら、そんな顔をするんだね」


 突然意識に割り込んできたその声に、少女が心臓を跳ねさせながら振り向いた瞬間、その首に両手があてがわれた。

 頭から酸素と血流が急速に失われていくのを感じながら、少女は首元へ伸ばされた腕を反射的に掴む。しかし、恐怖と驚きで震えるその手に込められた力は普段よりもずっと弱々しく、自らの首へ入るそれには到底及ばなかった。潤んだ視界は自分の喉を絞める相手すら見定める事が叶わない。


 少女は何処か記憶にあるような、熟れすぎた果実の香りが鼻腔を通り抜ける感覚を覚え、そして意識が闇に霧散した。

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LifE ナギシュータ @nagisyuta

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