第2話
「……ねぇ、あしかって、ちっちゃいころこっちに住んでたんだよね?」
「そうだよ?」
「違ってたらゴメンなんだけどさ。……もしかして、清海保育園通ってなかった……?」
「えっ? なんで知ってるの!?」
清海-せいかい-保育園は、私が引っ越すまで通っていた保育園の名前だった。母も父も仕事で帰りが遅く、いつも一番最後まで残っていたっけ。先生も友達もみんな優しくて楽しかったが、ぽつんと一人になった瞬間の、なんとも言えない気持ちは今でも忘れられない。だが、母や父が悪いだなんて思ったことはない。仕事は大事なものだと理解しているし、残った時は先生もオモチャも独り占めできた。確かに先に迎えがくる子を羨ましいと感じたこともあったが、良い思い出もいっぱいある。
それを、どうしてナナが知っているのだろう――?
「あしかってさ、珍しい名前だなって思って。思い出したの。そういえば、私が保育園に通ってた時、あしかって名前のお友達がいたこと。……覚えてない? ナナだよ。今はお母さんが離婚しちゃって苗字が変わったけど、あの時は【大森ナナ】だったよ」
大森ナナ。
「……あっ……!」
私の頭の中に、保育園の頃の記憶が鮮明によみがえった。
――
『あしかちゃん! ナナのおなまえの【おおもり】って、おおきいもりってかくんだって! あしかちゃんの【こもり】は、ちっちゃいもりってかくって、せんせいがいってたんだよ!』
『そうなんだ! なんだか、もりがおんなじでなかよしさんみたいだね!』
『ナナもそうおもった!』
『あしかとナナちゃん、なかよしだもんね!』
『だもんね!』
――
『ほんとうに? あしかちゃん、ひっこしちゃうの?』
『うん。おとうさんのおしごとだって』
『そっか……さみしいね』
『さみしいね』
『そうだ! ナナのヘアゴムあげる! おうちにいっぱいあるから!』
『だいじなやつ? ちがう?』
『だいじだよ! でもいいの!』
『うれしいな! ありがとう!』
『バイバイするときに、おうちにもっていくね!』
『うん!』
――
『……やだ! まだナナちゃんにバイバイしてない!』
『だめよあしか。もう時間なの。電車に間に合わなくなってしまうわ』
『やだ! ここにいる!』
『あしか! 我儘を言うんじゃない!』
『うぅ……うわぁぁぁぁん!! ナナちゃん! あいたい! ナナちゃん!!』
『ダメだ。もう行くぞ』
『やくそくしたの! ヘアゴム、やくそくしたのぉぉぉぉぉぉ!』
『静かにしなさい! もう出発の時間だ! 子供の約束だろ? 忘れているのかもしれないじゃないか!』
『くるもん! ぜったいナナちゃんくるもん!』
『いい加減にしなさい!』
『うわぁぁぁぁぁぁぁん!!』
――
「――ナナ……ナナちゃん? 『もりがおんなじでなかよしみたい』な、ナナちゃん……」
「そうだよ! 思い出した!?」
「思い出した……思い出した! ナナちゃん、ナナちゃん!」
懐かしさに胸が弾む。どうして、こんなに大事な人を忘れていたんだろう。あの時の男の子は覚えていたのに、ずっと保育園で一緒に遊んでいたナナちゃんのことを。
「はぁ……良かったぁ。これで忘れ去られたらどうしようって、ちょっと心配しちゃった。面影あるし、名前も絶対そう! って思ったんだけど。わかんないよね。ナナたち、もう中学生になっちゃったし」
「……ごめん、すぐに思い出せなくて」
「良いの良いの! ……ナナさ、ずっとあしかに謝りたいなって思ってて……」
「私に?」
「うん。あしかが引っ越す日、お母さんに頼んで見送りに行くはずだったんだけど。急に仕事が入っちゃって、お父さんも家にいなくて、一人じゃ行くことができなくて。ごめんね」
「……そっか、そっか。良いの! 教えてくれてありがとう! 今こうやって会えたから、私凄く嬉しい! ……なんかさ、運命……って感じ?」
「あはは! そうかも! ……ナナの苗字変わっちゃったけど、また仲良くしてくれる?」
「あたりまえじゃん! ……本当に、嬉しいな。心配だったの。この町に帰ってきて、私そんなに昔のことは覚えてないから、保育園で同じだった子いたとか考えてなかったし。友達できるかな、学校ちゃんと楽しめるかなって」
「ナナが絶対楽しくするから! ……また、昔みたいに一緒に遊ぼうね!」
「うん!」
思いがけない再会があった。懐かしい友人に出会えるなんて。私は初日からラッキーだったのかもしれない。懐かしさを噛み締めながら、一時間目の残りの時間を目いっぱい使って、私はナナと一緒に校内を回った。
昼食はナナと一緒にとり、懐かしい話に花を咲かせた。お互い忘れていることも多かったが、あの頃の二人に戻った気がして、すごく楽しかった。今までの時間を埋めるように、お互いが離れてからの話や小学校時代の話、今の趣味や好きなアイドルといった話でも盛り上がった。放課後は一緒に帰ることにして、また授業へと戻った。
――キーンコーンカーンコーン――キーンコーンカーンコーン。
――キーンコーンカーンコーン――キーンコーンカーンコーン。
「……いいかー! 気を付けて帰るんだぞー! それぞれ宿題忘れないようにな!」
「「「「はーい!!」」」」
クラスメイト達の声が教室に響く。
「あしか! 帰ろ!」
「うん!」
「――あっ、ナナ! あしかちゃんと一緒に帰るの?」
「ココとみっちゃんも、一緒に帰って良いかなぁ?」
「どうする? あしか」
「そりゃあ、もちろん! えっと、春山さんと、笹元さん!」
「アタシのことは、みんなみっちゃんって呼んでるから、あしかちゃんもそう呼んでよ!」
「ココはココって呼ばれてるの。ココって呼んでほしいな~?」
二人の少女が、私とナナに声をかけてきた。一人は笹元みよ。このクラスの学級委員長だ。なんとなくクールな大人っぽい女の子に見える。もう一人は春山ここの。おっとりとした女の子で、ニコニコと優しい笑顔が眩しい。
帰り支度をして、下駄箱へと向かう。初日から友達と帰れるのは、この上なく嬉しいことだった。
「ところで、あしかちゃんはどこに住んでるの? アタシ二丁目!」
「私? 私は一丁目の端っこ!」
「そうなんだ~。じゃあ、ココと同じ方向だね。ココ、あっちゃんと一緒に朝学校行きたいな~?」
「良いよ! みんな近いよね? あ、ナナって昔のまんま?」
「場所は引っ越したんだよね~。かろうじて学区内なんだけど。清鈴神社-せいりんじんじゃ-の近くだよ」
「清鈴神社?」
「あれ、あしか知らない? 結構おっきな神社で、【お狐さま】が祀ってあるんだよね! 隣のクラスの【時嶋ハルト】のおうちなんだよ」
「へえ。なんか、覚えがあるようなないような……?」
「毎年夏祭りやってて、屋台も出るんだから! 今年もあるんじゃないかな」
(お狐さまに夏祭りか……。――あれ? もしかして――)
昔、狐の格好をした男の子を見かけた場所。名前は憶えていなかったが、その神社なのかもしれない。
「ナナ、その神社って、遠いの?」
「んー、20分くらいかな? 学校からウチまで20分くらいだし。あしかの家のほうまで行って、そこから15分くらい?」
「ねぇ! 私そこ行きたい!」
「え? い、良いけど……。今日?」
「できれば早く! お願い、案内して!」
「わ、わかった……」
私の勢いに押されて、驚いた顔でナナは頷いた。
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