極東ワインズバーグ -語らずの巫女と雄弁記者-
長谷川凡昏
プロローグ
-グロテスクな者達の本-
夕闇立ち込める教室で「一つ目の異人」に弟子入りしたあの日、俺はまだ小学四年生だった。
生々しい鉄臭さと、火薬の肺を
不合理、無秩序、非現実。今でこそ好ましい言葉の羅列だが、怪異など信じていなかった当時の俺に、目の前の惨状を受け入れる余裕などあるはずもない。逃げるような
そんな間抜けな俺を高みから見下ろしつつ、苦々しげに口元を歪めていたのが「一つ目の異人」である。教壇の上に悠然と構える彼は、人間としては規格外の長身で、黒く盛り上がった筋肉は鎧のよう。藍色の長髪が隙間風に吹かれ、炎みたいにユラユラと
「あの娘のために、ここで殺してやろうか?」
ピストルの照準をこちらに合わせながら、異人は腹立たしげに問いただしてくる。その銃口が数分前に火を噴いたのを、俺はしっかりと見ている。脳幹を撃ち抜かれた「少女A」が、どれだけ悲惨な末路を
だが、引き金はついに最後まで引かれなかった。異形のガンマンはあからさまな失望を顔に表し、静かに撃鉄を戻す。そうして不要になった凶器をホルダーに収めると、敵意剥き出しの声でこう言い捨てる。
「……お前は人間失格だ」
何も事情を知らない者からすれば、彼の一言はある種のジョークのように聞こえるかもしれない。大虐殺の元凶が己の罪を棚に上げ、子供に説教を垂れている、と。
だが、そんな表向き理不尽な評価に対して、俺は何も言い返せなかった。何十人もの子供を殺害した「一つ目の異人」よりも、それを依頼した「少女A」よりも、この俺が何倍も最低で残忍で、おまけに救いようがないほど純粋だったからだ。
「……せめてこれを読め。読んで人間の在り方を学べ」
もはや怒る気力も失い、最上の軽蔑と憐憫を片目に含めたマレビトが、一冊の本を差し出してくる。黄ばんでボロボロになった表紙には、『ワインズバーグ・オハイオ』と書かれていた。
「Be Tandy , little one(タンディになれ、小さき者よ)」
初めて耳にするネイティブの英語は異質極まりなく、その半分も聞き取れない。もっとも、当時の小学校のカリキュラムに英語が導入されていたとしても、やはり俺は「タンディ」という言葉の意味を理解できなかっただろう。
あれから長い年月が
だが、俺は未だ「タンディ」には成れていないし、「タンディ」に出会えてもいない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます