きれいで、格好いい

彩霞

第1話 もやもや

 猛暑の日が続いている。

 八月の下旬になってくると多少はましだろうかと思いつつ、私は昨夜見逃したバラエティ番組をBGM代わりにつけながら、自宅にあるローテーブルを拭いていた。


 ——毛穴の掃除とか、シワ、シミを取る施術をしてないんですか? うーん、汚いですねぇ。


 番組に出演していたモデルのAが、おじさんタレントの肌を見てふざけた風に言った。

 私はその瞬間、心のなかで「そんなことができるのは、お金があって時間のある人だけでしょう」とねつけた。

 だがその一方で、五十歳くらいになっているであろうおじさんタレントにAがそう言うので、二十七歳で女の私は、何となく責められている気持ちになった。


 私はAのことは良く知らない。だが最近テレビに出ている回数は増えてきているし、出ているバラエティ番組を見るたび、Aが熱心に美容について語っていることも、Aを「推す」人たちが沢山いることも知っている。


 美容の最前線をいっているのだろう。そのため、こんなことも言っていた。


 ——日焼け止め対策していないなんて、あり得ないです。一瞬でも焼きたくないもの。スキンケアには一日数時間はかけています。


 肌が常に美しくあるために、一日に何時間もかけてスキンケアをするという。絶対に焼けたくないので外へ行くときは、日焼け止めクリームを塗り、つばの大きい帽子を被ってサングラスを掛け、UV効果のある布や服で顔から足まで全身を隠して出掛けるらしい。

 言うだけあって、Aの肌はテレビの画面越しに見てもすべすべのうるうるで、透き通るような白さに艶があって美しい。


 もちろんそれが出来るに越したことはないだろうが、畑仕事をしている私は、日焼け止めを塗っても肌を完全に守るのは難しい。

 近年は、汗で流れにくい商品も出ているが、それでも炎天下のなか作業をしていれば、滝のように汗が流れ出て、それと一緒に日焼け止めも流れてしまう。汗をかかないようにするわけにはいかないし、肌を覆うようなものを着ているのも暑くて着ていられないので、仕方がないのだ。

 だが、私の心の反論など知りもしないAは、自分の「美しさ」をさらに主張した。


 ——それに、爪も美しくないと。


 そう言って、デコレーションされた爪をカメラに向ける。Aの爪は淡くて透明感のあるピンクのネイルの上に、樹脂でできた花のパーツがこれでもかと付けられていた。

 私は思わず、切り傷や火傷がある両手をテーブルの下にしまう。最近はだいぶ怪我はなくなったが、それでも仕事柄、手に傷ができるのだ。

 私はAの爪を見定めるようにじっと見たあと、テーブルに隠した自分の手を見てため息をつく。


 傷だらけの手の爪に何を施そうと無意味だし、料理を作る仕事をしているので、付け爪などはそもそもできないから、きれいにしたいという願望はない。清潔であればいい。

 だが時々同級生と会ったとき、彼女たちの艶やかな肌の手と、爪をきらきらさせて飾っているのをみると、自分が惨めに思えてくるのだ。

 気にすることではないと思っていても、誰かが私を品定めして「お前はそんなこともしていないのか」と言われているように感じてしまう。だからきっと、Aの言葉を聞いたら責められているような気がしたのだ。


「あ……そろそろ、行かないと……」


 私は午前七時を指そうとしている時計を見て立ち上がると、テレビを消した。だが、Aの言葉は耳の奥で繰り返される。


「……」


 Aは「きれいを目指さねばならぬ」という。日焼けはしないで、爪は常に美しく。


 心の奥底では「そうあればいいな」と思わなくもないが、「どうやってもできない」と思う私は、なんだかもやもやした気分を抱えながら、仕事場に向かうのだった。


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