第一章番外編2【エスト村攻防戦】
「━━、なにこれ」
ミラは未だに自分の目の前に広がる光景が信じられなかった。幼い時に引っ越してから長い間過ごしていたエスト村は、戦える村人と兵士、そして立魔物が入り乱れる戦場となっていた。
「皆!!!村の反対側に逃げるんだ!!!そこからならまだ逃げられる!!!」
ヴァンが大きな声で叫び、村人を誘導していく。破壊された正門からは大量の魔物が侵入してきている。
今の所逃げ遅れた村人はいないようだが、このままでは死者は避けられない。
「ミ、ミラちゃん。ど、どうなってるの?」
「クー!無事だったのね!」
村人たちが移動している中、ミラを見つけたクーが声をかけてきた。戦うことのできない彼女は、とても不安そうな眼差しでミラを見つめている。
「大丈夫よ!村の皆は私達が守るから、心配しないで」
「うん、頑張ってね」
クーの激励の言葉に笑顔で無言で頷き答えるミラ。
戦えない村人の殆どは、既に魔物が侵入してきた正門の反対側へ避難した。そちら側にある裏門から外に脱出できるはず。
ここからが本番だ。ミラも冒険者としてやるべきことをやるしかない。
「ミラちゃん!!!前は俺が出る。だから後ろから魔法で援護を頼む。魔力回復薬は惜しみなく使ってくれよ」
見たことのない剣幕で喋っているヴァンに圧され、無言で頷くミラ。彼の表情から事態が切迫していることが見て取れた。
「じゃあ、ミラちゃん頼んだぞ!」
魔物に突っ込んでいくヴァン。前に出てきている魔物は、あまり強くないのだろう。大半がミラも見たことのある魔物だ。そんな魔物をヴァンは次々と切り刻んでいく。
「っ、凄い。っじゃなくて!援護!」
一瞬ヴァンならあの魔物を全て狩りつくせるのではないかとミラは思ったが、流石に数が多い。どんなにヴァンが強くても、彼の身体は1つだ。数には敵わない。
気を引き締め、ミラも魔法での援護を開始する。
「くらえっ!」
炎を放ち、敵を殲滅していくミラ。しかし、魔物数はなかなか減らない。弱い魔物は片付いたが、その後ろに控えていた魔物にはヴァンも多少は苦戦している。
そんな魔物に炎を放とうとしたミラの横、建物の陰から一匹の魔物が飛び出した。
不意打ちに一瞬対応が遅れたミラだったが、魔物は彼女に到達する前に息絶えた。弓矢によって頭を撃ち抜かれたのだ。
「ミラちゃん、大丈夫?心配しないで、私がちゃんと見てるからね」
驚くミラに歩み寄るのは、弓矢を装備したリサ。
「リサおばさんって、弓を使うんですね」
「あらー?言ったことなかったかしら?」
リサが戦っているのは今まで見たことが無かったので、驚愕の表情を隠せないミラ。もしかしたら、シュウでさえも彼女が弓矢を使うことを知らないのかもしれない。これは後で自慢せねばとミラは考える。
余計なことを考えつつも魔物を魔法で殺していくミラと、弓矢を使い魔物を撃っていくリサ。その2人の援護に加えて、前線では装備をした村人たちと、ヴァンが魔物を切り刻んでいく。
このままいけば大きな被害を出さずに村を防衛できそうだとミラは考える。
あとここに足りないのは、あの人だ。
「おい!お前、ミラか!!!状況はどうなってる!!!」
背後から大きな声で呼びかけられ振り向く。そこにいたのは、見慣れた鎧を装備している村の守衛だ。その守衛は、しかもミラの知り合いで、
「ジャン!!!あんた今まで何してたのよ!!!」
「戦えない村人達の避難誘導してたんだよ!それで、状況は!!!」
住民の避難誘導をしていたジャンが遅れて到着した。昨日、走り終わったシュウからジャンが守衛をやっていると聞いて驚いたが、まさかこんな形で会うことになるとは、面倒な魔物達だとミラはうんざりする。
「今は前で戦ってる人達と、後ろの援護があるから何とかなってる。でも敵の数が多い」
「くそっ!!!だったら、俺も前に、」
「まって!!!あんたに頼みたいことがあるの!!!」
「あ?なんだよ、今それどころじゃないだろ!!!」
前線に行こうとしたジャンを無理矢理呼び止めるミラ。急な呼び止めに焦りの表情を見せるジャン。彼女は彼にこの状況を打破できる可能性が最も高い人を呼びに行く事を提案する。
「あんたには、村長を呼びに行って欲しいの」
「村長?あの人はあそこにはいないのか?」
「えぇ、何故かは知らないけど、彼はいない。でもあの人なら魔物も蹴散らしてくれるはずよ」
「……わかった、俺は村長を呼びに行ってくる。ここは任せたぞ」
ミラの頼みを聴き、村長を呼びに行くため、来た道を戻って行くジャン。あの村長が来れば何とかなる。ミラはそう考えた。
「っ!そうね、村長が来れば、何とかなるかもしれないわね。っ!あの人、本当に強いから」
矢を放ちながらリサが言う。元Bランク冒険者の彼女が言うのであれば間違いないだろう。だったら後は、村長が来るまでここを守り切れば、
それに、
(そろそろ、シュウが帰ってくるはず)
シュウが帰ってくれば、戦力は更に増す、ミラは勝利を確信する。
* * * * *
「くそっ!最悪だ!」
なぜエスト村の守衛になってから、まだ数ヶ月しか経っていないのにこのような事件に出くわすのか。
ジャンは己の不幸を呪っていた。
守衛という仕事は本来必死に働くべきじゃない。やることが無く、村の中を歩き回った後、少し外を眺めるだけが理想のはずだ。なのにどうして自分は今、こんなにも必死になって村の中を走り、村長の家に向かっているのか。
それに今日はキョウが交易のために村を空けている。そんな時にこんな事件があったのでは、後であいつに何と言われるのかが想像つかない。クーだっているのだ。何としても被害を最小限に留めなければ。
「ったく!村長は、何をしてるんだよ!」
悪態もつきたくなるというものだ。ここは珍しいことに、一番の実力者が村長という変わった村だ。それなのに、このような事態にその村長がいないというのはどういう事だ。
「は?なんでこんなところに魔物がいるんだよ」
正門とは反対方面に走り、村の中央にある村長家に向かっていたのにも関わらず、一匹の魔物と遭遇する。名前は知らないが、狼の魔物で自分一人でも楽に倒せる程度には強くない魔物だ。
自分だって訓練は毎日やっている。そう簡単に負けることはない。
「っ!くそっ!面倒だな!」
飛びかかってきた魔物を躱し、首を刎ね、再び走り始める。恐らくは、村の外壁に沿って迂回してきた一匹なのだろう。弱い魔物でも、訓練をしていない村人からしたら十分に脅威だ。
他に魔物が村の奥に侵入してきていないことを祈るしかない。
「はぁ、はぁ、やっと、着いた」
ようやく村長の家に着いた。今すぐにでも眠ってしまいたい程には疲労感があるが、休んでいる暇はない。
扉が閉まっているので中にいるのかは分からないが。村長が外出時に愛用している靴が外に置いてある。彼はまだ中にいるはずだ。
「村長!!!いますか!!!ベルゲ村長!!!中に入りますよ!!!緊急事態です!!!」
扉を叩き、名前を呼ぶが、反応が無い。まさか、
「まさか、中で死んでるとかは、ないよな?」
扉を開き、家の中に入る。家の中は外での出来事が嘘かのように静かだ。
遠くから声がする。いつものように大きくはないが、あれは村長の声だ。
「は━、━━した。━━ては、われ━━こ━━か━━みの━━━ままに」
家の奥にある道場のような場所へと進んで行くと、そこで村長が独りで座りながら、何かをぶつぶつ呟いている。何を言っているのかよく聞こえないが、一体何をしているのだろうか。
「許可もなく入り込み失礼します。緊急事態です!!!村が魔物に襲撃されました!」
その場に片膝をつき座り込む。こちらがそう言うと村長は立ち上がりこちらを振り返る。このような事態だというのに異様な落ち着きだ。
「うむ、事態は全て把握しておる。心配するでない」
「は、はい」
いつもと違って、とても静かな声だ。いつもこの位の声量で喋ってくれれば良いのだが。
「では、ワシは行く。お前はここにいるが」
「え?いえ、自分にも村を守る義務がありますので。そんなわけには、」
村長はここにいろと言うが、そういうわけには行かない。自分は守衛だ。兵士の一員である。村を守らなければいけない。立ち上がろうとしたら村長に頭を上から手で押さえられた。
「かっかっか!気にするでない!ワシがいけば、全て丸く収まる!!!全力で闘ういい機会じゃわ!!!」
いつも通りの声量に戻った村長が大きな声で言う。未だに頭を押さえられているのは違和感があるが、確かにこのような大きな手と、あの筋力があればどんな魔物でさえも倒してしまうだろう。
「それにお前は既に相当疲労しておるな?だったら尚更ここにいろ。まあ、ワシの闘いが見れなくて残念かもしれんがな!かっかっか!!!」
「わ、わかりました。それでは、俺はここで待っています。村長もお気を付けて、」
「━━、よし、じゃあ行くとするかの」
村長の言葉を聞くのを最後に、ジャンの意識は途切れた。
* * * * *
「はあぁっ!!!」
魔法を放っているミラは感じていた。戦況は今のところ有利だ。このままいけば押し切れる可能性が高い。魔物の数も少しずつだが減ってきているのが分かる。
「ミラちゃん、一旦交代よ。薬を飲んで、魔力を回復して。暫くの間、私が援護に回るわ」
「はい!」
リサに言われ一旦後ろに下がり、魔力を回復する。後ろから見ていて感じるが、彼女の弓の腕は相当なものだ。これが元Bランク冒険者の実力なのか。
治癒魔法も使えるリサは、弓を撃たない時は、戦場を動き、負傷した人を回復させている。今までの印象を全て捨てなければいけない程の活躍ぶりである。
「このままいけば私達、勝てますよね?」
思わず彼女に戦況を尋ねてしまった。ミラとしてはこのままいけば勝利は間近だと感じた上での問いかけだったのだが、彼女の表情は予想以上に暗い。
「そうね。この襲撃が魔物だけならこのまま勝てるわね」
「どういう事ですか?」
弓を放ちながらそう答えるリサにミラは疑問に思う。魔物だけならばとはどういう事だ。まさか、
「後ろから見てる限り、魔物の統制が取れすぎてるのよ。弱い魔物が最初に前に出て、後から強い魔物が出てくる。そんなことは、魔物だけなら普通じゃないわ」
「じゃあ、いるんですか?」
「そうね、きっとこの魔物達は、
魔族。その単語を聞いただけで背筋が震え上がった。魔族の事はミラは詳しくは知らない。本を読むのが好きなシュウの方が良く知っているだろう。
それでもミラでも魔族について基本的なことは当然ながら知っていた。
魔族。魔物を率いる事ができる人族の天敵。かつてヴァンとリサが他の数人の仲間たちと協力して何とか倒した程の強敵。
そんな存在がこの襲撃の背後にいて、今のこの状況を見ているとするとゾッとする話だ。
「それに、魔族が出てくるなら、こっちが魔物によって疲弊した時を狙うはず。つまり……そろそろよ」
リサにそう警告され。前線で戦っている皆に目を向ける。
正門から侵入してきた魔物はあらかた片付いたが、皆疲弊しきっている。ヴァンなどの経験が豊富な人は大丈夫そうだが、若い人は既に自分達の勝利を確信している。
「よし!あと少しで終わりだ!村の防衛に成功したぞ!」
「おいリック!まだ油断するんじゃない!敵はまだ潜んでいる可能性だってあるんだぞ」
「そうそう油断はしない方がいいよ」
「そうそう、大丈夫ですよヴァンさん。すぐに村長も来ます。そしたら━━、え?」
誰しもが、息を呑んだ。あれは何だろうか。ミラにも理解ができなかった。ただ見えてることだけを伝えるのであれば、リックと呼ばれた若い兵士の胸から突然何かが、
「油断大敵って言葉。流石に君達、
リックの後ろで誰かが喋っている。この村では見たことのない笑顔の人だ。灰色の髪にすらりとした身体、黒い服を着ていて一見優しそうな顔をしているが、それでも味方ではないのは、ミラにはすぐに分かった。彼がリックの事を腕で貫いたということもある。
だが、それ以上にミラが瞳を離せなかったのは、
「寝首を搔かれるんだよ。まあ僕達は別に、卑怯な手は使ってないけどね」
腕をリックの胸から抜き、頬に十字のような印をつけた男、魔族はそう言って笑ったのだった。
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