第一章番外編【エスト村】

第一章番外編1【エスト村にて】

「あ、リサおばさん!シュウって何が一番好きなんですか?あいつって好き嫌いないから良く分からなくて」


「シュウはカボチャのスープがお気に入りね。小さい時から一番喜んでたわ」


「了解です!じゃあ、買い物行ってきまーす」


「ふふっ、よろしくね、ミラちゃん」


 薬を飲み、風邪から回復したミラは、シュウのランクアップのお祝いの為、晩御飯の用意をしていた。リサから良い情報も手に入れたので。まずは買い出しだ。


「買うのは、カボチャに野菜。あとパンも忘れちゃいけないわね。肉はヴァンおじさんが買ってきてくれるから、」


 村にある市場へと向かいながら、買う物を確認していく。自分の担当はスープとパンだ。肉はヴァンおじさんが馴染みの猟師から買うらしい。曰く、市場で買うより直接交渉した方が、質の良い肉が手に入るらしい。


「デザートは、お母さんと、おばさんに任せるかー」


 正直に言うと、自分は余り料理が得意ではない。簡単なスープなどは作れるが、複雑な工程が必要なデザートなどの甘いものを作るのは苦手だ。

 むしろ自分より、シュウの方が得意と言える。


「シュウは小さい時、いつも家にいたからね」


 シュウは以前は、いつも家にいて本ばかり読んでいて、家の料理などを手伝っていた。それこそ外に出るのは自分やキョウと遊ぶ時くらいだ。

 何時の間にか、キョウとの仲が悪くなってしまったので、それからは外に出る機会は更に減ってしまっていた。


 そんなシュウだったが、今では冒険者として自分と共に勇ましく魔物と闘う程だ。成長速度に驚かされる。今日もランクアップをするために独りで依頼に行ってしまった。


「でも今朝のあいつは、何か変だったような?急にお祝いしようとか言い出すし」


 自分の知っている限り、シュウは皆で騒ぐのがそこまで好きなタイプではない。寧ろ苦手なほどだ。前回のヴァイグルでの食事も、自分が提案して、お願いした事でようやく彼は折れてくれた。

 だからこそ、彼が突然今日の事を言い出したのはかなり意外だった。


「……まぁ、いっか」


 細かいことは気にしても仕方がない。シュウがお祝いをしようと言ったのであれば、盛大にやるのが筋というものだ。

 やりすぎると後でシュウに文句を言われるかもしれないが、そんなのは関係ない。


「それじゃあ、いいカボチャを買わないとね」


 市場に到着したので、まずは質の良いカボチャを買おう。さて、どうやって見つけたものか、


「ミラ、ちゃん?」


 不意に背後から声をかけられて振り返る。そこにいたのは同年代の女性だ。肩より少し下まで伸びた青い髪は綺麗な艶が出ている。顔も整っているのに、自信なさげな顔をしているため、見ていて同性のミラでさえ庇護欲を掻き立てられる。


「あれ、クーじゃない。どうしたのこんなところで?」


「どうしたって、買い物、だけど……ミラちゃん、が買い物なんて、珍しい、ね」


 小さい時から、相も変わらずおどおどしながら話しているクーだが、今更気にはならない。

 言われてみて思ったが、確かに自分が市場で買い物をするのは珍しい。冒険者となった今では、買い物は基本的に母さんに任せきりだ。クーがそのような疑問を持ったのも当然と言える。


「今日はさ、お祝いをするから晩御飯の買い物してるの。質の良いカボチャが欲しいんだけど、どれがいいかわかる?」


「う、うん。カボチャ、なら、あっちの方に、いいのがあるよ。ついてきて」


 クーがどうやら案内をしてくれるようだ。クーに言われるがままについていく。


「その、お祝いってのは、何を、お祝い、するの?」


「ランクアップかな。シュウが今日の依頼でランクアップする予定だから。そのお祝い」


「……シュウ、君」


 シュウの名前を聞いて少し黙り込むクー。彼女はキョウとジャンとよく一緒にいたため。シュウの黒い瞳も良く見ているだろうし、彼らの喧嘩も知っている。

 

「あー、やっぱり、あいつに良い印象ないかな?キョウとジャンといつも喧嘩してたし」


「……そ、そんなことは、ないよ。優しい人だと、思うよ。でも、ちょっと、怖い、かも」


 クーはシュウに対しては悪い印象は持っていないかもしれないが、彼の黒い瞳を怖がるのは仕方ない事なのかもしれない。村の大人達はシュウの事を悪魔や呪われた存在と呼ぶ。

 それを幼い時から聞いていれば、そのような考えになるのは仕方がないのかもしれない。特にキョウは、シュウの事を異常に嫌っているのだが、ミラとしてはそこに1つ疑問な点があった。


「シュウとキョウって昔は、一緒に遊んでたのよね。いつからこんなに、顔を合わせるたびに喧嘩するようになったのかな?」


「そ、それはね……コロンが、原因かもしれない、かも」


「コロン?」


 聞いた事のある名前をミラは、頭に指をあて、考える。その名はミラが子供の頃、よく聞いた名前であり、彼女はそれを思い出す。


「それって、確かキョウが昔飼ってた犬の名前よね?」


「うん、キョウにとって、大切だった家族。いつも一緒に遊んでた」


 クーの言葉を聞いて、ミラははっきりと思い出した。キョウは子供の頃、コロンと言う名の大型犬を飼っていて、毎日のように一緒に遊んでいた。そして時々、ミラやシュウも一緒に遊んでいたのだった。ただ、キョウの親は、彼が黒いを持つシュウと一緒に遊ばないようにと言っていたため、遊ぶときはいつも村の外れで遊んでいたのだった。


「でも、コロンってさ、確か……」


 コロンと遊んだのは、ミラにとっても良い思い出なのだが、全てが良い思い出ではなかった。その犬との別れ方があまりにも唐突だったからだ。


「うん。土砂崩れに、巻き込まれて……」


 ミラは完全に思い出した。あれは突然大雨が降った日だったはずだ。ミラはその場にいなかったが、シュウとキョウ、そしてコロンで一緒に村の外れで遊んでいる時、突然の豪雨が発生して、ちょっとした土砂崩れが起きたのだ。

 規模としてはそこまで大きくなかったが、人や、動物の命を奪うには十分な威力だった。シュウとキョウは無事だったのだが、そこでコロンは土砂に巻き込まれ、帰ってこなかった。


「それで、ね、その後、からなの。キョウが、シュウ君を、悪魔って呼ぶようになったのは」


「でも、その事故にシュウは関係ないんでしょ?」


「そうなんだけど、ね、キョウも、あの事故の事は、何も言わない、から……」


 あの事故の後、キョウは1週間ほどは外に出てこないで、塞ぎこんでいた。そして外に出てくるようになったころには、シュウの事を悪魔と呼ぶほどに、嫌いになるようになっていた。


「うーん、やっぱり、よく分かんないわね」


 子供の考えは、確かに些細なことで変化するものだが、それまでは一緒に遊んでいた友達を、急に悪魔と呼ぶようになるものなのだろうかと彼女は不思議に思うが、それはキョウ本人に聞いてみない限りは分からない事だ。


「まあ、何にせよ、私的には皆がシュウの事を嫌いじゃ無くなれば、それでいいんだけどね」


 キョウの行動によって、シュウの印象が村の中で悪くなってしまっているのは事実なので、そこを解決したいと、最近はよく考えている彼女なのだが。方法は中々思いつかない。それ程までに黒い瞳への偏見は大きい。 


「そ、それで、さ。ミラちゃんは、」


「どうしたの?」


 考え事をしていると話しかけてきたクーだったが、顔を赤くして言いづらそうにしている。クーは常に相手の反応を伺う癖があるので、「気にしないで」と一言を添える。それを聞いたクーは口を開く。


「ミラちゃんは、シュウ君の事が、す、好きなの?」


「……え!?」


「!!!……ご、ごめんなさい」


 思わず叫び、それに驚き謝罪したクーに「気にしないで」と再び一言添える。


「シュウ君が、好きなの?」


「え、私がシュウの事をす、好き?それは、ちょっと考えすぎなんじゃない?確かにあいつは私がいなくちゃ駄目だなっていつも思うけど、べ、別にそれは好きとかじゃなくて!そもそも私が理想だと思うのは、強い騎士みたいな人だし!シュウはまだ、全然強くもないから、私の理想とは違うっていうか!」


「そ、そっか、ごめんね」


「……うん、私こそ突然いっぱい言って、ごめん」


 クーの予想外の問いかけに顔が熱い。まさか、クーがこんな事を聞いてくるとは本当に予想だにしなかった。そもそもクーは恋愛の事を尋ねるような人だっただろうか。


 思わず立ち止まって頭を悩ませていると、クーも立ち止まり、顔を赤くしながら口を開く。


「じ、実はね、私、この前、け、け、結婚を、も、申し込まれて」


「けけけ結婚!?だ、誰に!?」


「……キ、キョウに」


 なんということだろう。まさか、あのキョウがクーに結婚を申し込むなんて。先程からクーの口から出てくる言葉は信じられない物ばかりだ。

 

「そ、それで?何て返事、したの?」


「そ、それが、ね。その、返事は、まだしなくていいって、その、言われちゃって。じ、自分が、一人前の、行商人になるまで、ま、待ってて欲しいって、言われたの」


「……それは、なるほどね」


 自分達はまだ16歳で、大人になったばかりだ。冒険者になって、自らの力でお金を稼ぐようにはなったが、結婚だなんて考えたことが無かった。自分が知らぬ間に、エスト村の同年代のクーがこんな事になっていただなんて、


「それで、キョウにそう言われたのは、嬉しかったんだけど。私、好きってのが、まだ、分からなくて。ミラちゃんなら、分かるかなって、思ったの」


「なんで私?」


「……だって、ミラちゃんはシュウ君と、凄く仲が良いから。好きなんじゃないかって」


「なるほど、そういうことね」


 クーが突然自分に質問してきた理由に納得がいった。彼女は自分とシュウの関係を見て、彼女とキョウの関係を重ね合わせたのだろう。それでも自分達と、彼女達の関係は決して一緒ではないはずだ。


「うーん、なんというか、私とシュウの関係は、好き嫌いとかと言うよりかも、相棒って関係性の方が近いのかもしれないわね」


「相棒?」


「そう、相棒。私達は一緒に魔物と闘って、互いに互いの命を守りあってる。クーとキョウの関係はさ、そうじゃなくて、互いに別々の役目があるんじゃないかな?」


「そう、なの、かな?」


「きっとそうよ。だから!まだ時間はあるんだし、これからキョウと関わっていく中でクーなりの関係を見つければいいんじゃない?」


 そうだ、クーとジャンの関係は、自分とシュウとの関係とは異なる。彼女達は、それぞれ本屋と行商人という仕事を持っていて、性格も大きく違う。だったら何か互いに支えられる所があるはずだ。


「そう、だね、私、頑張って、みる。ありがとう、ミラちゃん」


「うん!何かあったらいつでも言ってね!相談に乗るから」


 久々にクーと話したが、同年代の同性と話すことがここまで楽しいものだとは思いもしていなかった。冒険者になってから話す相手は、殆どが年上なのでこうはいかないことが多い。


「カボチャはね、皮に艶があって、固くて、重いのが、いいんだよ」


「へーそうなんだ、ありがとう」


 クーの相談を終えた後、彼女に見分け方を教えてもらい、良いカボチャを手に入れることが出来た。

 後は家に帰って用意をするだけだ。




 * * * * *




「ただいまー!猟師のヘレンさんから良い肉を買って来たぞ!これが今日のメインディッシュだ!」


「あらー、いいお肉を貰って来たわね」


「お母さん、これで作り方あってる?変な味にならない?」


「ミラは心配性だね。大丈夫だって、上手にできてるよ」


 今は家に帰って料理の真っ最中だ。ヴァンおじさんが買ってきた肉を焼いて、自分が作っているカボチャのスープが完成すれば、後はシュウの帰宅を待つだけだ。


「ヴァンおじさん、シュウはそろそろ帰ってきますよね?」


「ああ、そうだな。シュウの実力ならEランクの魔物など相手にならないだろう。それに今日からは装備も新調しているはずだ」


「新しい装備か。いいなぁ。私も今度欲しいかも」


「だったら、今度俺が馴染みの鍛冶屋を紹介してやろう!シュウもそこで装備を調整してもらったからな」


「やった!ありがと、ヴァンおじさん」


 そろそろシュウが帰宅してもおかしくはない。おじさんの言っている通り、シュウの実力なら、Eランクの魔物などはすぐに討伐できるだろう。

 彼が帰ってくる前に急いでスープを完成させなければ。


「あら見て、リサちゃん。雪が降ってきたわ」


「そうねー、これだと今日の夜には結構積もっちゃうかもしれないわね。あら、ヒスイちゃんもそう思う?」


 母さんが言うので外を見てみる。昼間に市場に出た時も寒かったが、雪が降ってくるとは。シュウは凍えて帰ってくるかもしれない。このスープで温まってもらおう。


「ふふっ、リサ、あんた何だか嬉しそうだね。そんなにシュウ君にスープを食べて貰うのが楽しみなの?」


「からかわないでよ、お母さん!皆でお祝いするのが楽しみなのよ!」


「はっはっは!今日でミラちゃんとシュウは、2人ともEランクか!今後が楽しみだな」


「そうねー、2人ならすぐに私達の事を追い抜かしちゃうんじゃないかしら」


 本当に楽しい家だ、シュウが黒い瞳のせいで周囲に疎まれていても、彼が優しく育ったのはこの2人のおかげだとはっきり分かる。

 この家こそがシュウの帰るべき場所。自分にとっても本当に居心地が良くて━━、




 ミラの思考は一瞬停止した。いや、停止したのではなく、別のものに奪われた。だがそれはミラだけではなく、ここにいた、フラン、ヴァン、リサ、ヒスイまでもがそうだった。


 突如家の外から聞こえた爆発音と悲鳴。全員、すぐさま家の外に出て、音のあった方を確認する。


「あれ、なに?爆発事故でもあったのかな?」


「━━、いやちがう。あれは、母さん、今すぐに倉庫に行って装備を取ってきてくれ。もしもの護身用で準備してある」


「そうね、急いで準備をしなくちゃ。今日のお祝いは中止かもしれないわね」


「え?え?ちょ、ちょっと、」


「フランさん、後で代金はいくらでも払う。だから回復薬をありったけ用意してくれ」


「あ、あぁ?わかったけど、何があったんだい?」


 矢継ぎ早に行動を開始するヴァンとリサ。状況を未だに飲み込めていないミラとフラン。

 2人が戸惑っていると、


「ミラちゃんも家に帰って装備を取ってくるんだ。魔力回復薬も忘れずにだ。それから━━、」


「ちょっと待ってください!!!おじさん!どういうことですか!一体何が、」


  爆発音が再び響いた。今回はミラとフランにも理解ができた。村の正門が破壊されたのだ。そして破壊された門から大量に何かが侵入してきている。


「あれは、魔物?」


「ミラちゃん、村を守るんだ。俺達の村を、シュウの帰るべき場所を」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る