第一章20【生き残った者の務め】

 奴は戦闘における駆け引きも行う。重要な情報だが、これは新たな問題だ。まさか魔物がこのような駆け引きを行ってくるとは思ってもいなかった。何故、自分の父親は何も教えてくれなかったのかと文句も言いたくなる。


 これも教訓だ。きっと父親も息子であるシュウに、全てを教えるのではなく、自らの身を持って多くの事を学んでほしかったのだろう。


 確かに父さんは、特訓の時も戦闘時における駆け引きや心理戦、その重要性を頻繁に自分に説いていた気がする。てっきり自分は、それは他の盗賊や魔族イフトを前提にしたものだと思っていたが、そうではなかったようだ。


「これは、更に気を引き締めないと、な」


 別にこれまで気が緩んでいたわけではないが、集中力を再度高め、回復薬を飲み、体力を回復する。これからは、相手が駆け引きを行うことも前提にしなければいけない。


 光魔法によって視力を失っていたフラムベアーが再び臨戦態勢を整える。これからが本当の勝負。


「問題はどう攻めるかだ」


 問題は相変わらずフラムベアーにダメージを与える方法だった。今のままではやはり有効打に欠ける。一体どうしたらいいのか。相変わらず防御は装備頼みであり、いつやられてもおかしくない状況だ。


「隙を一瞬でもいいから作れれば」


 現状、厄介なのは嗅覚で、視覚は魔法を使えば潰せなくも無いが、


 フラムベアーが先に仕掛けてきた。事前に仕込んでいた魔札を使って土壁を作り、距離を取る。


 このままではジリ貧だ。魔札が無くなれば、手数が減り、奴から隙を作るチャンスが無くなる。そうなれば、ダメージを覚悟して、剣で攻撃することしかできなくなる。


「先に逃げた冒険者はどうなったんだ?」


 助けなど必要ないと意気込んではいたが、助けが来ないまま、今の状態を継続していたら、徐々に劣勢に追い込まれるだろう。そうなる前に何か手を打たなければいけない。


「くそっ!このままじゃ!」


 先ほどから回避に徹しているため何とか逃げ回っているが、現状を打破するための術が無い。回復薬で体力を回復しているとはいえ、怪我が完璧に治るわけでもない。治癒魔法の魔札は高価すぎるため今回は持ってきていないのだ。


「━━、これなら」


 1つ作戦を思いつくが、これは賭けだ、成功するかどうかは分からない、それでも試す価値はある。


「リスク上等!」


 奴には自分が英雄になるための踏み台になってもらうとしよう。その為ならある程度の負傷は厭わない。


「まずは視覚!」


 敵の攻撃を躱し。再び炎魔法と水魔法を同時に放ち霧を発生させる。光魔法の魔札は1つしか持ってきてなかったので仕方がない。


 一度距離を取り、奴の視界から逃れる。奴は霧の中ではこちらも視界が悪いため、嗅覚を活かせる自分の方が有利だと思っている。だから霧からは出てこない。そこを利用する。


「勝負だ、フラムベアー」


 ローブを脱ぎ、土の魔札と共に手に握る。霧の方と走り出す。奴に先に攻撃されたら死は免れられない。

 

 それでも進まなければ勝利はない。進んだ先で勝利を掴んでみろ。こちらが死ぬ前に、敵を殺せばこちらの勝ちだ。


 立ち止まらず、霧の中を進み、フラムベアーの元に向かっていく。これが今自分の考える最善だ。


 敵の気配を察知。それはつまり、奴がこちらを嗅覚で捕捉し、攻撃しようとしている合図。だが引かない。ローブと共に持った土魔法を発動。今回は壁ではなく、両手で持てるサイズの石を放つ魔法。それを奴がいるであろう方向から少しずらした位置に向かってに撃ち込む。


 そのまま走りこむ。撃ち込まれた石が砕ける音がする。奴は反応した。後は賭けだ。


 フラムベアーを捉えた。向こうもこちらを捉えたようだ。向こうは石を攻撃した為、体勢が崩れている。このまま押し切る。奴も腕を振りかぶっているが、こちらの方が速い。狙うは、左目。


「━━━がっ!!!!!」


 左目を一閃し、切り裂く。だがその後、奴の左腕が背中を殴り、吹き飛ばされる。そのまま地面を転がり、木へと激突。


「━━大丈夫だ、まだ、動ける」


 身体はボロボロだがまだ動ける。回復薬を飲み、何とか立ち上がって剣を構える。フラムベアーは両目を失い、苦痛に悶えている。作戦は何とか成功したようだ。


「はぁ、はぁ、お前が、ローブの匂いに、誘われて、助かったよ」


 土魔法で石を包んだローブを放ち、一瞬だが奴の嗅覚を利用し、誘導した。通常の魔法を放ったとしても、奴は自分が魔法の後ろにいると嗅覚で判断し、対応したことだろう。

 正直、嗅覚と聴覚のどちらが優れているかは未知数だったが、そこも含めての賭けだ。


 ローブで相手に隙を作ったのは一瞬だった。それでもその一瞬が勝敗を分けた。こちらが先に左眼を切った事により、奴は一瞬だが怯んだ。それにより左腕の一撃は多少弱まった。だからまだ動ける。それに、


「この防具が無かったら今頃、俺の身体は、バラバラだよ、な」


 父さんに感謝を幾らしても足りないくらいだ。父さんとの特訓のおかげで救われたが、それだけでは奴にここまで傷を負わせることはできなかった。この剣と鎧がなければ、決して勝てなかっただろう。


「お礼言わないとな。でも、初日にこれだけボロボロにしたら、怒られる、かな?」


 流石に怒らないと信じたいが、無茶をしたことに関しては怒られそうな気がする。特に父さんではなく、母さん。それに、


「と、まあそれは、いいとして」


 闘いの後の事を考えるのは一旦止めにしよう。なぜなら、


「お前、まだやるのかよ」


 両目を失いながらも、何とか起き上がるフラムベアー。視覚はないはずなのに、こちらの方に身体を向ける。嗅覚と聴覚を利用しているのだろう。


「━━ほら、こいよ」


 フラムベアーがこちらに突進してくる。もう今日だけで何度も見た光景だ。速い、だがもう慣れた。それに今までのような力強さは無い。

 だったらこちらから首を斬り落として━、


「うっ!」


 フラムベアーを迎え撃とうとしたが、急に脚から力が抜け膝をつく。どうやら体力が限界のようだ。


「くそっ、まだだ、まだ勝てる」


 何とか立ち上がり、剣を構え、フラムベアーに立ち向かおうとするが、


「あっ」


 奴の前脚によって、剣が上空に弾き飛ばされる。やばい、このまま死ぬ。

 死を覚悟して、思わず目を閉じるが、攻撃が来ない。どういうことだ。


「一体、何が……は?」


 思わず呆れたよな声が出てしまった。目の前の光景が信じられなかったからだ。


「……まじかよ」


 フラムベアーは死んでいる。頭上から剣を突き刺されていたからだ。自ら弾いた剣に刺されたことで、フラムベアーは命を落としたのだった。


「そんなの…ありかよ」




 * * * * *




「━━、なるほど、そういうことか」


 シュウはフラムベアーとの戦闘に勝利し、ヴァイグルに向かっている最中、森の中で1つの死体を発見したのだった。それはフラムベアーに襲われていて、シュウが逃がした冒険者だった。彼はヴァイグルに到達する前に森の中で襲われ死亡していたのであった。


 助けが来なかった理由に納得がいった。格上の魔物に突然襲われ、逃げたと思ったら、そこでも別の魔物に襲われ殺されてしまうとは。冒険者という仕事が死と隣り合わせなのを実感する。


「俺だって、死んでもおかしくなかったしな」


 自分は運が良かっただけだとシュウは思う。何故かはわからないが、偶然自分には、この場を乗り切る力があった。それが無かったら自分も間違いなく死んでいただろう。今だって、回復薬を飲んでも回復しきれない程に、身体が悲鳴を上げている。


「本当に、父さんとボルグさんに感謝しないとな」


 自分の恵まれた環境に感謝しつつも、救えなかった命の存在を悔やみ、シュウはヴァイグルに向かっていった。


「というか、寒いな。雪が降ってきてるじゃないか。積もる前に家に帰れるかな?」




 * * * * *




「はい、これ。依頼対象のビッグヘルシュヴァインの特定部位です」


「ありがとうございます。討伐を承認します。でも、」


 ギルドに戻り、まずは依頼内容だったビッグヘルシュヴァインの特定部位を提出する。受け取った職員はいつも通りだが、何か怪訝そうなこちらを見ている。どうしたのだろうか。


「それにしても遅い帰りでしたね。依頼受注は昼過ぎでしたよね?それにそんなにボロボロになって。ヘルシュヴァインの討伐はそんなに難しかったですか?」


 なるほど、そういうことか。ギルド職員の態度と視線から察するに、「Eランクの魔物ですらこんなに苦戦する奴はランクアップなんてできないぞ」と言った感じだろう。それは仕方がないが今回は事情が事情なのだ。


「正確に言うと、ヘルシュヴァインは討伐していないんです」


「え?どういうことですか?他の冒険者が討伐した魔物の部位の提出はギルド規約違反ですよ?」


「あ、いえ、そうではなくて、ですね。他の魔物に先に殺されて。本題はこちらなんですけど、」


 そう伝え、フラムベアーの特定部位と、死亡してしまった冒険者のギルドカードを提出する。それを受け取ったギルド職員は目を見開き、


「え?これって?フ、フラムベアーの特定部位ですよね?それに冒険者のギルドカード?」


「はい、実はヘルシュヴァインの足跡を追跡していたら、フラムベアーと、それに襲われて、負傷したこの冒険者と遭遇したんです」


 さて、信じてもらえるかどうかは分からないが。事実として報告しなければいけない。あの領域にフラムベアーが出るのはかなり危険だ。


「それで、彼を逃がして、フラムベアーと戦闘した後、何とか討伐しました。彼はこちらに戻ってくる道中に死亡してしまったらしく、残念ながらギルドカードを持ち帰ることしかできませんでした」


 ぽかんとした表情で職員が話を聞いているが大丈夫だろうか。暫くした後、はっとしたように彼女は奥に「大変です!」と叫びながら行ってしまった。その後、いかにも偉そうな女性が奥から出てきた。恐らくはギルドマスターだろうか。


「━━、というわけでして。どうしましょうか、アンさん?」


 アンと呼ばれた女性は真剣な瞳でフラムベアーの特定部位を見つめている。そしてその後、こちらを見ると、


「このフラムベアーは、本当に君が討伐したのか?」


「はい、信じてもらえるかは分かりませんが本当です」


「ふむ、いずれにせよ、フラムベアーのような強力な魔物が、ビッグヘルシュヴァインなどが生息する領域に出現するのは殆ど前例が無い。これは警戒を強めなければ」


「はい、俺もそれを伝えたかったです」


「━━、それでギルドマスター、彼が討伐したという報告の件は?」


 職員が、アンさん、もといギルドマスターに確認をする。それを問われ、ギルドマスターは少し考えた後に、ギルドカードの提出を求めてきた。


「シュウ・ヴァイス、Fランク……か。にわかには信じられんな」


 やはり信じてもらえないのだろうか。元々ギルドには瞳の事もあって、良い印象を持たれていない可能性もある。これで、もし今日もランクアップが出来なかったら、ミラにどのような顔をすればいいのか。


「あ、そういえば。シュウさん、いつも一緒にいるミラさんは今日はいないのですか?」


「あぁ、彼女は今日はここにはいません」


「そうですか。こんなことも言うのもなんですが、ミラさんとフラムベアーは相性がかなり悪いので、遭遇したのがシュウさんだけで良かったと思います」


「はい、それは俺も同じことを思いました」


 申し訳なさそうに彼女が言うが、別に悪い事だとは思わない。自分だって同じことを考えたし。もしミラと一緒に戦って、ミラがフラムベアーに狙われていたら、と考えるとぞっとする。


「━━、ふむ、それではランクアップの件だが」


 ギルドマスターのアンさんがランクアップの事を話題に出し、思わず緊張する。聞き逃さないように、慎重に耳を傾ける。


「現段階で明言はできないが、フラムベアー討伐に当たっての調査が完了し、君がの魔物を本当に討伐したことが確定し次第、君にはDランク、若しくはCランクになってもらおう」


「Cランクですか!?おめでとうございます、シュウさん!もしCランク昇格だと2つ飛ばしなので、前例のない快挙ですよ!」


「……そうですか」


「ああ、詳しいことは後日連絡する。どうした?あまり嬉しそうではないな」


「いえ、彼の事を、救えなかったので」


 自分がどんなにランクアップをしたところで、救える可能性があった命を救えなかったのは悲しいことだ。ランクアップを皆は祝福してくれるだろうが、そういう気持ちにはなれない。


「その気持ちは、痛いほど理解できる。だが、冒険者とはそういうものだ。いつ、どこで死ぬかもわからない、死と常に隣り合わせなのが冒険者だ。君にも、その覚悟はできているだろ?」


「はい」


「だったら、悔やむな。彼らの分まで君が生き続けるんだ。それが、我々生き残った者の務めだ。理解したか?」


「はい、ありがとうございます」


 ギルドマスターが言っていることは理解できる。自分が全ての命を救えるわけではない。冒険者とはそういう職業だ。それでも、自分が英雄になるためには、諦めたくないと思ってしまう。


 救えなかった命を悔やみつつも、進み続けよう。そしていつかは━━、




 ギルドマスターに言われたことを考えていたが、その思考が停止した。自分だけではない、このギルド内にいる誰しもが、一瞬思考を停止しただろう。ギルドの扉が勢いよく開かれ、少年が入ってきたのだ。


「だ、誰か!!!助けてくれ!!!村が!!!お、俺の、村が!!!誰か!!!!お願いだ!!!」


 突然、ギルドに入ってきて叫ぶ少年。誰しもが何事かと彼を見つめている。シュウもその中の一人だったが、彼は気付いた。もしかしたら、シュウ以外も気付いたのかもしれないが、その少年が誰かを理解し、一番最初に声を上げたのはシュウだった。


「キョウ?お前、キョウか?」


 最近は全く見ていなかったため、殆ど忘れていた。その少年はキョウだった。昨日ジャンから聞いた通り、彼は行商人を営んでいるのだろう。身なりもきちんとしている。一瞬、誰なのか気付かなかったが、その少年は自分と犬猿の仲であるキョウだった。


「え?お、お前、まさか、シ、シュウ、なの、か?」


 フードを着ているのにも関わらず、シュウを一目で見抜くのは流石はキョウといった所だ。だが、そんなことはどうでもいい。彼は今何と言ったのか。


「おい、キョウ、何かあったのか?俺達の村に、エスト村に」


「━━━」


 こちらの問いに、キョウはただ目を見開いて黙っている。初めはその瞳には何も映ってなかったが、徐々にそこから激情が溢れて、


「お、お前の……せい、だ」


「……え?」


「お前の……っ!お前だ!お前のせいだ!!!お前がいたから!!!お前がいなければ!!!こんなことにはならなかった!!!全部!!!お前のせいなんだよ!!!全部!!!」


「……」


 キョウは何を言っているのだろうか、自分が何をしたというのか。昔からそうだ。小さい時は一緒に遊んでいたのに、いつからこいつはこんなに自分に対して憎しみを、


「そこまでだ。状況を説明してくれ。私はギルドマスターのアン。君は商人か?一体何があった?」


 キョウの叫びに皆、静まり返っていたが、アンさんがようやく話を切り出す。彼女に尋ねられ、冷静になったキョウは、アンさんにしがみつき、


「お、おれの村が、エスト村が!!!魔物の大群に襲撃されたんだ、頼む、助けてくれ!!!あそこには、クーが、皆が!!!」


「━━━」


 キョウが叫ぶ。


 エスト村が?魔物の大群に、襲われた?





 ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━

次回、第一章最終話となります。

お楽しみください。

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