第一章19【Cランクの魔物】

 フラムベアー、Cランク認定されている魔物だ。非常に獰猛であり、人族メンヒも魔物も関係なく襲う程の攻撃性を持っている。今も、冒険者や魔物を喰らった後なのだろう。奴の口から血が滴っている。本来だったらシュウも逃げるべきなのだが、


 「これは、完璧に狙いを付けられたな」


 フラムベアーはシュウの事を睨みつけ、眼を放そうとしない。それどころか、先ほどから唸り続けており、今にも襲い掛かってきそうだ。まだ警戒をしているため距離を保っているが、そう長くは続かないだろう。


 だったら、先にこちらから仕掛けるしかない。それに、奴が本当にフラムベアーか確かめる必要がある。本来であれば、あの魔物はもっと森の奥に生息しているはずであり、こんな所にはいないはずだ。もしもこの攻撃が多少なりとも有効ならば、


「くらえっ!!!」


 魔札まふだを取り出し、炎弾を複数放つ。炎弾は奴に向かっていくが、奴は微動だにせず、炎弾が直撃する。さあ、どうなるか。


 一瞬身体が燃えたが、奴は何てことも無いように身体を振るい、炎を消す。残念ながら、あれはフラムベアーで間違いないようだ。


 フラムベアーは獰猛さや、攻撃性よりも特筆すべき点がある。


「━━、やっぱり炎魔法は効かないか」


 奴には基本的に炎が効かない。余程卓越した炎魔法を使える魔導士なら、無理矢理押し切ることも可能かもしれないが、基本的にフラムベアーには炎魔法は無効化される。

 「炎魔導士殺し」と別名で呼ばれるほどに、炎魔導士とは相性が悪い。


「これは、ミラは風邪をひいて正解だったかもな」


 少し前ならともかく、現在はミラはシュウに剣術では多少は劣る。彼女にとって間違いなく、フラムベアーは最も遭遇したくない魔物。だがそれはシュウにとっても同じことである。


「大丈夫だ、落ち着け。奴の情報は頭に入ってる」


 そろそろフラムベアーがこちらに攻撃を仕掛けてきそうだ。こちらの脅威度を計っていたのだろうが、それを終えたのだろう。後ろ脚に力を入れているのが見える。そろそろ来るか、


「っ!!!」


 フラムベアーがこちらに突進をしてきた。想像以上の速度に一瞬反応が遅れる。あの巨体で、あそこまでの速度で接近してくるのは想定していなかった。


 間一髪でその場でしゃがみ、一気に体勢を低くする。その頭上を奴の右腕が通り抜ける。


 もし、しゃがんでいなかったら、今頃は胴体を引き裂かれていたかもしれない。だが今は攻撃のチャンスだ奴は右腕での攻撃を外し、体勢を崩した。


「はぁっ!」


 低くしていた体勢からジャンプをするように脚に力を入れ、剣で切り上げる。だが踏み込みが甘かったのか、決定打には至らなかったようだ。


 次の攻撃を避けるため距離を取る、シュウは左側に飛び、


「がっ!!!」


 左に飛んだ瞬間、フラムベアーの左手によって吹き飛ばされ、地面を転がる。


 事前に飛んでいたため、衝撃を和らげることに成功し、ダメージは多少は防げた。それでも完全に攻撃を回避することはできなかった。


「はぁ、はぁ、流石、Cランクの魔物ってとこか」


 想像以上に動きが速く、力も強い、これはかなりやばい相手のようだ。

 だが、向こうもこちらを逃がしてくれるわけはないだろうから、ここは何とか切り抜けなければいけない。


 だが、攻撃は事前に想定していた通りだ。主な攻撃方法は突進と、前脚。速度も想像以上だが、昨日の父さんの方が僅かに速い。


 こちらの使える手札としては剣と魔札。しかし炎は効かないので注意をしなければいけない。だったら一番有効なのは━、


「また突進か!!!」


 突進してきたフラムベアーがこちらに攻撃をして来る前に距離を取る。そしてその場に土魔法の札を使用。壁を作り、更に距離を取る。

 奴は突進の勢いのままに土壁を突き破るが、速度が落ちている。ここが狙い目だ。


 風魔法を発動。砕かれた壁の破片と共に風弾エアショットを叩きこむ。それでも奴にはダメージは殆ど無い。当然ながら、今回持参してきた魔札は、Eランクの魔物を相手にする前提だ。その為、奴に決定打を与えるには値しない。


 フラムベアーは風で飛ばされた土片が眼に命中し、一瞬だが隙が生じた。接近のチャンスだ。一気に接近。

 奴の顔に向かって剣を振る。今の自分には父さんから譲り受けた剣以外で、こいつに傷を負わせることはできない。


「くらえっ!」


 奴の片目を剣で切り裂く。苦痛に叫ぶフラムベアー。その声に一瞬怯みかけるが、この手は逃さない。ここで決めてみせる。このまま攻め込んで━━、


「くそっ!!!」


 叫ぶフラムベアーが強引に両腕を地面に叩きつけ、地面が揺れる。その衝撃により攻撃をしたことによって、僅かに体勢が崩れていたシュウの動きが一瞬止まる。

 僅かな一瞬。戦闘においてその一瞬は命取りだ。地面に叩きつけ、強引に振るってきた右腕を、身体の左側に剣を構え防御の構えを取るが、


「っっっ!!!」


 その威力に耐え切れず、防御した剣ごとシュウは殴り飛ばされる。なんとか致命傷は避けたものの、かなりのダメージを負ってしまった。父さんの剣と鎧が無かったら、間違いなく殺されていただろう。


「はぁ、はぁ、父さんとボルグさんに感謝しないとな」


 シュウは痛みを堪え、呟く。

 今の地面を叩きつけるのは想定していなかったため、反応が遅れてしまった。

 相手に傷を負わせることに成功はしたが、こちらも相応のダメージを受けた。このままでは、こいつを倒すことはできない。


 だが今の所は、こちらが攻撃をすると、相手の攻撃を受けてしまう可能性が非常に高い。それに相手は自分よりかも格上だ。相手に攻め込まれてはこちらが反撃をする術はない。


「はぁ、はぁ、つまりは、お前を倒すためなら。こっちも覚悟を決めなくちゃいけないってことだろ」


 回復薬を口に流し込む。身体の左半身がかなり痛むが、まだ動きに支障はなさそうだ。


「インファイト上等だ、熊野郎」


 逃げ回るだけなんて、やってられるか。こちらは英雄を目指しているのだ。少し格上の魔物相手に勝てないようでは、英雄などなれるはずがない。多少のリスクを背負ってでも、逆境を跳ね返し、乗り越えてみせる。


 それでこそ英雄であり、彼女を守る騎士になる資格を得られるというものだ。


「お前を殺して。俺は今日から、Cランク冒険者だ」


 あの冒険者が助けを呼んでくれるかどうかなど、もはや頭にはない。頭にあるのはこの魔物を殺し、一流の冒険者に、英雄に、騎士に近づくこと、それだけだ。


 奴は片目を失った。だったら死角を利用して、攻め続ければ勝てるだろうか。だが先程の様に地面を揺らしてくるのには注意をしなければ。1度目は装備のおかげで辛うじて防げたが、2度目も同様に防げるとは考えにくい。


 こちらは動きに支障がないとはいえ、ダメージを負ってしまっている。


「喰らえ!!!」


 札を使用し、炎弾を複数放つ。これは先程も行ったことだ。魔物は高ランクになるにつれて、知能も上昇し、戦闘の中で学習する。相手からすると以前見た攻撃。

 全くダメージにもならないような炎魔法だ。予想通り、回避もせずに受けるつもりだろう。その相手の油断を利用する。


 炎弾がフラムベアーに直撃する前に水魔法を放ち、炎弾に当てる。以前父さんとの模擬戦でも使用した戦法だが、今回は更に大規模だ。発生した深い霧によって相手がこちらを見失った隙に背後に回り込み、


 飛び込もうとするが足がもつれた。先程のダメージの影響か。


「だったら!」


 無理して接近せずその場に留まり、フラムベアーがいるであろう濃い霧の中に雷魔法を魔札から放つ。放たれた雷は霧の中に向かっていき、霧の中から叫び声が聞こえる。


「はぁ、はぁ、どうだ?」


 魔力がある限り幾らでも使える魔法と違って、魔札を使用する自分の場合、魔力があっても魔札が無くなってしまえば魔法は使えない。できれば魔札の消費は避けたいが、そうも言ってられない。


「残りの札は……くそっ」


 魔力には余裕がある。これは自分の強みだ。だが魔札は今日の依頼には多くは持ってきていない。なにせフラムベアーとの遭遇は余りにも想定外だ。こちらは元々はEランクの魔物との戦闘を想定していたのだ。


 英雄は苦難を乗り越えるものだと言うが、これは余りにも質が悪い。


「流石に、そう簡単には、やられてくれないよな」


 霧が晴れ、フラムベアーの姿が再び現れる。まだまだ倒れそうになく、殺意に満ち溢れた瞳でこちらを睨んでいるフラムベアーだが、先程切った片目の傷が焼け焦げている。どうやら雷魔法が直撃し、傷口に更なる追撃を与えたようだ。


「━━逆に、それ以外にダメージがないか。っ!!!」


 考え事をしている最中に攻撃が来たため、集中をし直し、攻撃を躱す。左側に回避したことで、一瞬相手はこちらを見失う。相手の右眼を潰したのは、戦況を有利にする要素だ。


 先ほど足がもつれて接近できなかったのはかなりの痛手だった。あそこで接近できていれば、もしかしたら倒せたかもしれない。防具でダメージを防げているとはいえ、流石に疲労がたなり溜まっている。長期戦は不利だ。


「もう一度、接近するしかない」


 リスクは承知だ。ここで今回の切り札を使うことをシュウは決心する。


「来い、熊野郎、勇翔の世界でいう、チキンレースってやつだ」


 再びこちらに突進をする構えをするフラムベアー。何度も見たその構えから、こちらも次の行動を想定して動く。魔札を握りしめ、いつでも対応できるように、


 フラムベアーが突っ込んできた瞬間、事前に用意をしていた魔札に魔力を込める。それでも奴の攻撃が届く直前、間一髪のところで光魔法の発動が間に合う。近距離で放たれた光が、フラムベアーの視力を一時的に奪う。


 光魔法の魔札は魔力消費が激しいため、使用する人は少ないのだが。魔力が多いシュウにとっては関係ない。これがシュウの強みだ。


「ここが勝負!!!」


 相手の眼の機能を失わせる事によって、前回以上に大きな隙が生まれる。これを逃す機会は無いが、先程の霧の例がある。足が縺れるの事のないように注意しフラムベアーに背後から接近する。


 奴は未だ、こちらに背を向けている。大丈夫だ、このまま奴を、


 その瞬間、違和感に気付く。奴は視力を失ってる。周りに敵がいると分かっている状況でだ。魔物は動物である。だったらこのような場合、敵の接近を許さないため、周囲を警戒させるために、威嚇や攻撃をするはず。それなのに、奴は未だにこちらに背を向けている。まさか、これは━、


 刹那、違和感と抱くのとほぼ同時にフラムベアーの動きが変化する。嫌な予感を事前に感じ取っていたシュウは、すぐさま事前に用意をしていた土魔法を発動させ、更に剣で防御の構えを取り、


「ぐっ!……なるほど、これは、」


 これは想定外だった。土魔法と剣、そして鎧によって攻撃を防いだが、勢いを殺しきれず、地面を転がりながらシュウは驚く。


 魔物は知能があるとはいえ動物だ。シュウはそう考えていた。父さんとやる特訓とは違い、相手は感情の赴くままにしか戦闘を行わない。そこに心理的な駆け引きなどは存在しないと。彼はそう思い込んでいた━━


「━━、お前、俺を誘いやがったな?」


 言葉を理解できないであろう、フラムベアーに思わず言う。無意識のうちに相手の事を見くびっていた事を後悔する。だがそんなことを今は悔やむ時間はない。


「こっちを見失った振りをして誘いこんで、その嗅覚で仕留めようって魂胆かよ」


 ちくしょう、1つしか持ってきてなかった光魔法の札を使ったのにこれかよ。


 これがCランク認定の魔物。英雄、騎士への道は険しそうだ。





 ━ ━ ━ ━ ━ ━ ━


戦闘描写を書くのって本当に難しいですね。

第一章も佳境ですお楽しみくださいませ。

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