第一章5【黒い瞳】

 さて、ミラが帰ってくるまでは、暫く店の前で独りで待たないといけない。だがこういう時に限って、すぐに問題が起きるものであり、シュウはこれまでの経験から身の回りに起きる問題には慣れてはいたが、面倒な事は相変わらず面倒である。


 何も起きないでくれよと静かに願うシュウだったが、遠くから良く知っている同年代の子供たちの声が聞こえた。


「おいおい!あそこにいる奴を見てみろよ!一人だけ変なローブを被ってるぞ!村の中にいるのに顔を隠してるなんて変な奴だな!」


 わざとらしく大きな声で叫びながら近づいてくる少年2人に少女1人。


 シュウは溜息をつきながら返答するのであった。


「何の用だよ、キョウ、ジャン、それにクー」


 村中でシュウを見かけるたびに絡んでくる同い年の3人組である。正確に言えばクーはいつもおどおどしていて、何もしてこないが、キョウとジャンの2人は度々絡んでくるため、これまで幾度となく争ってきた犬猿の仲である。


「なんだ!誰かと思いきやシュウじゃないか!声を聞くまで気づかなかったよ。ところでなんでローブなんか着て顔を隠しているんだ?顔に傷でも負ったのかな?」


「……なにが言いたいんだ」


「だ・か・ら!そのフードを取れって言ってんだよ!まったく、礼儀がなっていないやつだな!それとも人に見せられない何かでもあるのかな?」


「きっと人に見せられない何かがあるに違いないよ!そう、例えば黒いとか!」


「の、呪われた黒い瞳に、ち、違いない」


 まるで周りの人たちに聞かせるかのように喋り続けるキョウとジャン。クーも喋っているが声が小さいため、周りは聞こえていないだろう。


 正直な所、ここでの一番の対応は無視をして、ミラが戻ってくるのを待つべきなのだろうとシュウは考える。ミラは実力があるため、彼女がいれば彼らもこの場を去るだろうし、どうにでもなるはずだ。


 だが、それでいいのかとシュウは自身に問いかける。ミラを守ると言っておきながら、彼女に頼って問題を解決しようとする。果たして、それで本当に英雄になれるのか?否、なれるはずがない。それに自分が英雄になるにあたって解決しなければいけないのが、この問題なのだ。


 「はぁ、わかったよ、顔を見せればいいんだろ?」


 意を決してシュウはフードを取って顔を晒した。晒すと同時に彼らの声でこちらを注目していた村人達から、囁き声が聞こえてくる


 「黒い瞳……」「いつ見ても気味が悪い」「なんであんな奴がこの村にいるんだ」「親が家名持ちでなければ、あんな奴」「呪われた存在」「やっぱり村長に言って追放すべきなのでは?」「気持ち悪い」


 周りからの蔑みの視線、言葉を感じ、シュウは自分が英雄になるための道のりが険しいことを改めて実感するのであった。



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 シュウ・ヴァイスはある一箇所を除けば、平凡な少年である。平均程の身長に、父親との訓練である程度は鍛えられた身体。髪の毛は暗い青であり、一見自信なさげに見える柔和な顔つきを見て、一目で彼を嫌いになる人はいないだろう。


 だが彼にはこの世界ヴェーダにおいて大きな問題を抱えていた。それこそが黒い瞳である。


 この人族メンヒの社会においては黒い瞳は世界に混沌をもたらす存在として忌み嫌われており、基本的にまともに生きていくことはできない。そのため黒い瞳を持つ者は顔を隠す、若しくは人里離れて暮らすのが普通である。


 シュウは幸いにも、両親が家名持ちであり、一定の権力を有しているためエスト村に滞在することができているが、そうでなかった場合、家族皆で人里離れて暮らすか、最悪生まれた瞬間に捨てられてしまっていただろう。

 

 地球で、しかも日本で暮らしていた勇翔の記憶を持つシュウからすると、もしヴェーダの人族が地球に行ったら発狂するんじゃないかと可笑しな妄想をできる程馬鹿馬鹿しい話だ。


 だが現実問題としてはシュウはヴェーダの人族社会に暮らしており、決して無視できる問題ではない。


 この黒い瞳をシュウが持って生まれてしまった時点で、彼の英雄になるという夢は非常に険しいものになってしまっていたのだった。



*****************************************



「ほら、これで満足か?」


 囁き続ける村人達を無視して、3人に返答する。


「わ、私の親が、い、言っていた。悪い事をすると黒い瞳の悪魔にシュルルク古城に連れていかれて、食べられちゃうって。あ、悪魔」


「………」


「エストの森の中にも悪魔が暮らす集落があるらしいじゃないか!お前みたいな呪われた人族はそこに行って暮らせばいいんだよ!さっさとこの村から出ていけ!」


「………うるさい」


「しかも、なんだ?お前相変わらず、ミラに守ってもらってるのか?いつまでも強い奴の金魚の糞みたいに付き纏うことしかできないもんな?」


「………黙れ」


「しかも知ってるか、キョウ!こいつ、英雄になりたいんだってさ!実力も無く、黒い瞳を持ったこいつがだぞ!」 

 

「笑えない冗談だな!お前みたいな悪魔が英雄になれるわけ無いだろうが!俺が英雄になったら、お前みたいな悪魔は全員殺してやるよ!」


「黙れ!!!」


 怒りの頂点に達したシュウは3人に向かって駆け出した。勢いのままにキョウの右頬に強烈なストレートをお見舞いする。


「って!こいつ!」


「1人で俺達に勝てると思ってるのか!」

 

 激怒したシュウに一瞬怯んだキョウとジャンだったが、すぐに体勢を立て直して反撃を開始する。クーは見ているだけなので、実質1対2だがシュウには勝ち目はない。

 キョウとジャンは、この村の中で実力はある方なので、下から数えた方が早いシュウが勝つのは到底無理な話だ。


 徐々に劣勢に追い込まれていき、結果的には2人にタコ殴りにされることとなってしまった。


「おら!お前が、俺達に勝てるわけねーだろ!」


「へへっ、おいジャン。そいつの事を抑えとけ。今からでっかいのを喰らわせてやるよ」


 距離を取ったキョウの右腕が岩に覆われていく。このまま殴られたら骨が折れるのは免れないだろう。


 勇翔の魂が「なんで魔法が使える異世界なのに、俺は魔法が使えないんだよ」とシュウに訴えかけてくるが、どうしようもない。


 ヴェーダにおいては魔法は、誰しもが行使できるものだ。誰にでも魔力は宿り、魔力に属性適正があれば、その属性の魔法を使用することができる。にも関わらず、シュウには魔法の行使ができない。


 魔法に必要な魔力は宿っている、とある道具を使えば発動はできるが自力では発動ができない。それがシュウの背負ったハンデなのであった。

 そんなことを生まれたときから身をもって実感しているシュウからしたら当たり前のことだが、彼は己の身体1つで魔法が使えないのである。


 勇翔の訴えを無視しながら、何とか拘束を振りほどこうとするが、間に合わない。キョウは既にその右手に土魔法で作った岩を纏っている。


「おら!覚悟しろや!俺が悪魔を成敗してやるよ!」


 助走を付けながら岩を纏った拳を振りかざしてくるキョウ。痛みを覚悟して、思わず目を閉じる。


「キョウ!危ない!」


 クーが叫び、水魔法を放った。その水魔法はキョウやシュンを飛び越していき、どこからともなく飛んできた炎に直撃した。だが炎は小さくなりながらも勢いを失わず、キョウに向かって飛んでいく。


「おわぁぁぁぁぁ!!!」


 炎の直撃をキョウは間一髪のところで脇に飛び込み躱し、炎が飛んできた方へと目を向け警戒をする。


「誰が魔法を放ちやがった!」


「お、おい、キョウ、やばいぞ」


 怒りに任せ叫ぶキョウに対して、ジャンが震えながら声をかける。クーもガタガタと震えている。


「━━あんたたち、一体何してるの?」


 それはまるで、炎神かとシュウは錯覚した。炎弾を身体の周辺に無数に浮かせ、静かに、だが確かな怒りを込めた声を発しながらこちらに歩いてくる少女。


「……ミ、ミラ。ち、違うんだよ。俺達は……そ、そう!ただ、ちょっとシュウと遊んでただけでさ。な、なあ!キョウ」


「そ、そうそう!ただ遊んでただけ!英雄ごっこだよ!英雄が悪者をやっつけるっていう、皆がよくやる英雄ごっこだよ!」


 キョウとジャンが震えながらミラに必死に弁解しているが、ミラの怒りは収まらないようだった。


「そう、英雄ごっこね、じゃあ今から交代。私が英雄をやるから、貴方たちが悪者でいい?」


「あ、いや!お、俺達今から予定があって、行かなくちゃいけない所があるんだよ!だ、だからさ、英雄ごっこは、また今度でいいかな!」


「あぁ!!そうそう俺達もう行かなくちゃな!ま、またなミラ」


「あ、ま、待ってー!」


 笑いながら告げるミラに対して、走り去っていくキョウとジャン。2人について行くクー。


「ふぅ、ほら、立てる?」


 3人が居なくなった後、笑いながらこちらに手を伸ばしてくるミラだが、シュウができたことは、彼女の手を借りずに1人で立ち上がることだけだった。

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