二十通目 王

「瞳の色は、ミヒルの実の色になることがほとんどだ。ヒトってのは共通しているものが多い方が愛着がわきやすいっていうんで、親たちは自分たちの瞳と同じような色のミヒルの実を選びがちだ」

「なので、赤と黒の瞳を持つヒトの子は存在しない、と言われているな」

 食事の支度をしながら、ニーリアスとナビンが教えてくれた。ナクタは設営を終えると同時に、ピュリスに連れて行かれたので、付近にはいない。

 ニーリアスは緑、ナビンは黄色の瞳をしている。他人の瞳を意識的に見るのは初めてのことかもしれない。ちなみに、ぼくたちの集落では、ナビンのような薄黄色の瞳の持ち主が多い。統一することで、結束を高めているのかもしれない。

「ミヒルの実に茶褐色がないことはないでしょう?」

 記憶を掘り起こしてみるが、琥珀色した実はあったように思う。燃料として使える実は赤だけなので、他の色をあまりよく覚えていないのがもどかしい。

「あることはあるが、まあ、禁忌色だ」

「茶褐色の瞳を持つ者は『芽生えの儀』や『芽吹きの儀』で摘まれる――という噂話がある」

「摘まれる?」

「形式上は神殿に留め置かれるということらしいが、処分されているんじゃないかっていう物騒な噂だ。神殿は王族の管轄だし、そういう噂も出やすいんだろな」

 つまり、茶褐色の瞳は王族の証であるため禁忌色とされている、という話があり、茶褐色の瞳を持つ者はヒトに成って間もなくの儀式で、神殿によって消されてしまうという噂話が広まっている、ということのようだ。

 初めて聞く情報ばかりで、頭が少しクラクラした。ぼくの横で、ナビンも興味深い顔をしているので、噂話については知らなかったのだろう。ニーリアスの語り口からは、都市部では知れ渡っている話のようだが。

「王族の瞳が茶褐色だなんて、どうして知ってるんです?」

「神殿に行けば一発だ。歴代の王の肖像画が必ず飾ってある。それに『メリオシルマ』という茶褐色の宝石があるんだが、王族が身につける宝石として定められていて、流通することがない石だ。名前の由来は初代オシアス王の子、二代目メリオス王の瞳の色からきているというのは有名な話だ」

「初代の名前じゃなく?」

「王の瞳が茶褐色になったのは、二代目からだと言われている。あまりに昔のことで、絵画は残されていないからはっきりしないが、初代の瞳の色は薄灰だと書かれている書物がある」

 ナビンがよく知っているなと感心すると、ニーリアスは「基礎教育で教え込まれるんだ」と肩をすくめた。チャムキリにとっては常識のようだ。

「ナビンは、茶褐色が禁忌色にされているか、理由は知っていたの?」

「『天人伝説』はおまえも知ってるんじゃないか?」

 天人伝説というのは、ぼくたちの集落でよく聞く昔話だ。

 昔、才気溢れる子どもが誕生したが、五つになる頃に天人に連れて行かれるという話だ。本当は神様の子どもで、間違って地上で生まれてしまった、という内容だ。

「あの話の子どもは茶褐色の瞳だった、といわれてるんだ。育てた親は神の子を育てたことを誇らしく思うも、二度と会えないことに悲しみ、衰弱死してしまう――という筋のものもある。だから、茶褐色のミヒルの実は取るな、と言われてんのさ」

「知らなかった」

「おまえはまだ子どもだからな。家庭を持つ頃になると、嫌というほど聞かされるぞ。間違った選択をするな、ってな」

 なるほど、とぼくは理解を示した。『天人伝説』で語られていることは、割とそのままのことなのだろう。天人は王家に仕える者、神というのは王として置き換えても話が通る。そして、連れ去られるというあたりは、ニーリアスのいう摘まれるという内容に等しいのだろう。

 それにしても茶褐色とは。ぼくにとっては親しみがありすぎて、特別な色には思えないのが良くないと思った。チャムキリは神殿や教育で、茶褐色が特別な色だと教え込まれているから、ナクタの瞳を見れば高貴な人間だと分かるのだろう。となれば、態度も恭しくなるだろうし、失礼がないようにという選択をするのだろうが、ぼくにとっては黄色の瞳よりも懐かしさを覚えるものだ。うっかり馴れ馴れしくなってしまうかもしれない。いや、すでになっているのだろうか。

「王家というのは、一万年前からずっとオシアス王の系譜なんですか?」

「それはそうだろう? 王家というのはそういう風に続いているもんだ」

「他の部族によって王位を奪われたりというのはなかったんですか?」

「王位を奪われる? 変わった考えだな」

 ニーリアスが目を丸くして、顎を引いた。心底驚いているようだ。言ってはいけないことを言ってしまったのではないかと焦ったが、すぐに集落に伝わる昔話を思い出して誤魔化した。

「他の部族に襲われて、滅んだ部族の話がありますが?」

「それと王は違うだろ」

「違うんですか?」

「違うさ。王家には特別な力があるからな。滅ぼしたところで良いことはないし、まず、滅ぼせないさ」

 そういえば、王家に繋がる人間には治癒能力があると言っていたように思う。神殿との結びつきが強いのは、その力が関係しているのだろうか。グムナーガ・バガールでは、ラクシャスコ・ガルブで傷を負った冒険者は神殿に運ばれ、治療される。神殿には医療技術が受け継がれているのかと思ったが、こちらも魔法の管轄なのかもしれない。

「いいか? 神殿ってのは初代の聖女様が作られた施設なんだ。聖女様の奇跡の力で人々が癒されたことから、聖女信仰の場所ともされているが、元々は聖女様が作った施術所だったんだ」

 想像していた内容と合致したので、ぼくは素直に頷いた。

「聖女様は、王に不老不死を与えた、ってのは、ナクタに聞いた通りだ。聖女様の奇跡の力はそれだけじゃなく、人々を癒す力もあってな。その能力が王家に受け継がれている、ってわけだ」

「つまり、神殿の人たちは、王家と関係がある人ってことですか」

「関係がある、なんてもんじゃない。クーティアは王家に繋がる人間じゃなければなれないからな」

「クーティア、というのは?」

「ああ、それもわからないか。クーティアというのは、神官の頂点となる役職だ。信徒であるクーシカから始まり、その上がクーリヤ、クーナドと階級が上がる。グムナーガ・バガールの仮神殿にいるのはクーナドまでだな。その上のクーリョウとなると大都市の神殿にいるかいないかといったところだ」

 宗教に馴染みが薄いが、前世のキリスト教に照らし合わせると、クーティアがローマ法皇ということだろう。とすれば、クーリヤが助祭で、クーナドが司祭となるのだろうか。司祭は神父といったほうが馴染みがある。つまり、クーナドが神父ということだ。そう解釈してみると神殿での階級が一気にわかりやすくなった。

「クーナドは王家に繋がる者じゃなくてもなれるのですか?」

「どうだかなぁ。治癒能力がある者ならなれるとは思うが、そもそものところ、治癒能力がある人間は希少だからな」

 故に、王家というのが尊ばれるということなのか。

 しかし、どうやったら能力が遺伝するのかがさっぱりわからない。前世と繁殖方法が同じなのであれば理解できるが、こちらではミヒルの実を選び、植物を育てるのと同じように育て、トウモロコシのような形で成るのが人間の誕生の仕方なのだ。両親の能力や体質などが伝わる過程がどこにもない、と考えてしまう。魔法もあって魔物もあって、突然魔窟が誕生するようなあり得ないことを目の当たりにしていても、染みついた常識というのはなかなか書き換えられないものだ。

 瞳を統一するのは、ミヒルの実の色づきを選べば良いのでどうにかなるが、能力となるとそうはいかないだろう。瞳の色と同じような、不穏な行為があったりするのだろうか? しかし、庶民には茶褐色の瞳を封じている以上、希少な治癒能力がある茶褐色の瞳を持った人物なんてものが都合よく存在するとも思えない。

 だが、こちらには「前世持ち」と呼ばれる人々がいて、少なくとも一万年も続いている王家があり、それ以上の年月の歴史もあるのだろう。となれば、ぼくが前世で享受していたような科学的なアプローチというものも、存在している可能性はゼロではないかもしれない。それこそ、そういったものは王家にのみ伝えられ、外に漏れることがないように管理されている、ということもありそうだ。

 なんだか、陰謀論者のような思考になってきたような気がする。

「あの、ニーリアス。物凄く、基本的なことを聞くと思うんだけれど、王というのは、どこの王なの?」

 そもそものところ、そこがよくわかっていない。ニーリアスにとっては常識的な基礎知識なようだから、出身地に君臨する王なのだろうか。

「どこの、って」

 ニーリアスは絶句してぼくを見た。やはり、あまりにも常識知らずな発言だったのだろう。笑われることは覚悟していたが、その上をいったようだ。恥ずかしさが込み上げてくるが、知らないものは知らないし、後になればなるほど恥ずかしさは増すのだから、今聞いてしまうのが一番マシだ。

「いや、すまん。そうだな。今までのおまえの態度を考えたら、その質問がでるのは、当然だった」

 我を取り戻した様子のニーリアスは、自分に言い聞かせるように呟くと、軽く咳払いをした。

「オシアス王の偉業については覚えているだろう? 魔物の王を倒し、勝利した。となれば、答えはわかるだろ? 世界の王、ってことだ」

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