第60話 宰相ノイマン④

 翌朝。

 私は心臓が高鳴り、興奮して眠れなかった。


 セバスティアーナ殿とルカ・レスレクシオンは無事に戻ってきて朝食を取っていた。

 テーブルにはなぜかベアトリクスが同席していた。


 相変わらずの青いドレス姿だ。

 彼女に魅力がないわけではないがセバスティアーナ殿に比べれば月とすっぽんだ。


 だが……今日の彼女はいつものメイド服か……。いつかまた、あの黒い衣装のセバスティアーナ殿を見てみたいものだ。


「これはセバスティアーナ殿にルカ殿、昨日は大変でしたな。私は心配で眠れませんでしたぞ」


「ほう、そうであったか。吾輩たちはお前さんが帰った後すぐに片づけて、ぐっすり眠っておったというのにな」


 なるほど、やはり余裕だったか。私の常識で考えてはいけないということだ。

 世の中には強者はいくらでもいるのだ。


「ところで、あの後の状況を教えてくれませんか? 私としては魔法使いであるルカ殿があれに勝ったという状況が理解できませんので」


「ふむ、いいじゃろう。お主にはこれからカルルク帝国で世話になる身だしな」


 ◆


(ルカ視点) 

 前日に遡る。


 ノイマンという外交官、一体何しに来たんじゃか。まあ生きていたならそれでよいか。


 吾輩の前には亡者の処刑人と執行官の二人。

 この状況で背後で動きがない、セバスちゃんは上手くやったようだな。

 あの王様は部下を信用しておらん、だからアサシンギルドを使って別の策も講じているはず。


 そこだけはしっかりと頭が回る、だからこそ奴がかろうじて王を名乗っている所以であろう。


 とはいえ二対一か、亡者の処刑人は魔法が効かんからのう。

 こちらが不利と言えば不利だ。


 だが吾輩をただの魔法使いだと思ってもらっては困る。

 魔法機械技師としての戦いをこいつらは知らんのだ。もっとも吾輩も対人戦はほとんど経験がないのだが。


「では行くぞ。『アイスジャベリン』!」


 十九番の魔剣『ザハンド』によって増幅されたアイスジャベリンは槍というより氷の山だった。


「おお、これは凄まじい威力じゃな。執行官は今ので死んだだろうな。

 しかしうっかり炎系を使わなくて正解だわい。山火事の犯人として吾輩はグプタに連行されかねんところだ」


 だが、次の瞬間。氷が割れ、亡者の処刑人が突っ込んできた。


「ち、あいつの魔法防御力は本物のようだ。どうしたものかのう。正直、疲れたしな」


 術者が死んだのにまだ存在している。

 じつは術者がまだ生きているのか、あるいは死んでも一定時間は存在できるのか。

 まあ、あの魔法の最大の利点はその存在時間だからのう、なるほど実戦はやはり新たな発見があって勉強になる。


 奴は両手に持ったエクセキューショナーズソードを吾輩に振り下ろしてくる。

 奴め吾輩の首ばかり狙いおって。それに重そうな甲冑を着ておるのに素早い奴だ、不味いな……吾輩は運動は苦手だ。


「おーい! セバスちゃん、前言撤回じゃ。助けておくれー!」


 次の瞬間。亡者の処刑人の首が胴から離れていった。


「モガミ流忍術・表。二刀流『剣舞』」


 そして、宙を舞う亡者の首を身体を回転させながら蹴飛ばし、綺麗に地面に着地するとセバスちゃんは吾輩にいった。


「こっちは吾輩に任せよとおっしゃったではないですか。それにルカ様ならこれくらいは倒せたのでは?」


「いや、だってな。疲れちゃうだろ? これから長旅だというのに余計な体力は使いたくないのじゃ」


 セバスちゃんは両手に持った十番の魔剣『ダブルコダチ』を鞘に収めると言った。


「はあ、そうですか。しかしこれは死んだのでしょうか?」


「うむ、魔力の反応は完全に消えた。ほら、塵になって消えていくじゃろう。皮肉な話だ。首斬りの弱点も実は首斬りだったとはのう、なかなかに誌的ではないか」


「誌的ですか、そういえば。こちらはアサシンギルドの連中が10人いました。一人残らず消しましたので当面は尾行の心配はないでしょう」


「うむ、それは良い。さて帰って寝るとするか」


 ◆


(ノイマン視点)


「という事があったのじゃが。ベアトリクス殿、吾輩たちはこの街では何もしておらん、問題はなかろう?」


「そうねぇ。たしかに何もしてないわねぇ。でも私は関わらないからアミールに後でちゃんと報告してもらえるかしら? グプタの盟主はアミールなんだから」


「うむ、その辺はご心配なく。では朝食も終えたし、挨拶がてらに盟主殿の屋敷に行くとするか」


 ……化け物同士の会話が終わる。

 私としてはどうしたものか。国交を断絶するとして書状の一つはしたためるべきだろう。

 まあ、ここは強気でいっても良いかもしれない。彼らは貴重な戦力を失ったばかりだしな。


 それに、そこまで外交問題にはならんだろう。あの王の性格からしてこれ以上の屈辱は受け入れられないし。

 他国にこのことが漏れれば奴は恥をかくだけだ。プライドが傷つくくらいなら忘れてしまう。そしていつの間にか無かったことにするだろう。

 そういう統治者としては恥ずかしいが効果的な手段を取るであろう。


 私が考え事をしていると、セバスティアーナ殿は私に話しかけてきた。……光栄だ。


「ノイマン外交官、昨日の私の姿は忘れていただけませんか?」


「そんな、忘れるだなんて。そんなことは無理です」


「はぁ、私の能力について一切を秘密にしてほしいと言ったのですが……」


「なるほど、二人だけの秘密ということですな。このノイマン、墓場まで持っていく所存ですぞ」


 私の目に焼き付いた、あの尊いお姿は二度と忘れないだろう。

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