第55話 魔法機械技師ルカ③
遠征隊は森の奥へと進み、数日が経った。
吾輩たちは後方部隊なので前線に比べれば戦闘は圧倒的に少ない。
それでもはぐれてきたモンスターとの遭遇戦は数回ほどあった。
角付きウサギという人間くらいの大きさのウサギに似たモンスターに。
とがった牙の生えた、肉食のハムスター型のモンスター、マンイーターなどだった。
基本的に臆病な性格で強敵ではないが、獲物が取れなくなると、たまに人里に現れては人間を襲うことがある。
平民にとっては危険な存在である。冒険者の仕事のなかでもメインの仕事がこうしたモンスター討伐である。
ラングレン夫妻のコンビネーションは素晴らしかった。まずカレンが大盾で敵の攻撃を受け止める。
たいていの知能の低いモンスターの攻撃は一直線の突撃しかないため、盾に付いているスパイクに突き刺さり動きを止める。
その隙に夫のドイルが、大剣で首を一刀両断するのだ。
実に効率的だ、これまで私の活躍はない。いいことだ。吾輩は戦闘員で来ているわけではないしな。
遠征隊はいよいよベヒモスの縄張りに入る。
浮かれていた貴族たちも露骨に緊張しだした。
半日ほど過ぎた頃に隊の前方上空に赤い魔法陣が展開されるのが見えた。
その数秒後に遠くから爆発音が聞こえる。
極大魔法を使ったな。あれはおそらくは『流星群』だろう。
ということは使ったのはレーヴァテイン公爵だろう。
いよいよ戦闘開始か、魔獣の王ベヒモス、戦力的にはこれ以上はないという規模だが、やれるだろうか。
しかし、前方からは断末魔と馬車が破壊される音、四方に逃げる馬に、平民や貴族の姿が確認された。
一瞬の出来事だった。
貴族と平民、そこに差別などなく等しく蹂躙された。
前線を偵察していたセバスティアーナが戻ってきた。
「セバスちゃん、何があったんだい? ベヒモスを討伐できたという様子ではないが」
「はい、ベヒモスを発見したはいいものの、その、我々は敵を見誤っていたとしか思えません。強さの想定が違いすぎます」
「どいうことだい?」
セバスティアーナの顔が曇る。
「レーヴァテイン公爵を含めた魔法使い数人で、ベヒモスに極大火炎魔法を放ったのですが……」
「それはここからでも見えた。完璧な魔法の発動だったの。それでも、奴には効かなかったということじゃな?」
「はい、それでも多少のダメージはあったのでしょう。怒り狂ったベヒモスは、レーヴァテイン公爵のいる部隊を蹂躙してしまいました。おそらく公爵は生きていないでしょう」
まずいな、魔法使い数名で放った極大火炎魔法で仕留めれなかったということは我々にはもはや勝機はない。
撤退をしなければ。現時点で最も爵位が高いのは吾輩だし。
「よし、皆の物、速やかに撤退を――!」
命令をする前にベヒモスが目の前まできている。無数の馬車を蹴散らしながら。
その体躯は山のように巨大で、漆黒の毛皮に覆われている。長い角がその頭上に生え、獰猛なまなざしを放っている。
「ルカ様! 我々が盾になります。その間に撤退の指示を!」
「いかん、あいつには何も効かんぞ! 想定が間違っていたのだ、お前たちも逃げろ!」
しかし、すでにベヒモスはラングレン夫妻をターゲットにしていた。
カレンが前に立ち、大盾を構える、しかし、ベヒモスが盾にぶつかると、彼女は砕けた盾とともに吹き飛ばされ、後方にあった大木に叩きつけられた。
彼女の意識はない、目や耳から血が流れている。それに盾を持っていた両手がない。
いけない、これは……。
「おのれー!」
ドイルはカレンの作った最大のチャンスを生かすために大剣を振り下ろすが。
首を落とすには威力が足りない、皮膚に刃が食い込んだ瞬間に剣は折れた。
ベヒモスはそのままドイルを振り払い、そして上半身ごと、かみ砕いた。
いけない、これは……。
これは、だめだ! こんなことは!
「ルカ様、戦況は最悪です、私としては二人だけでの撤退を進言します。私の能力ならルカ様一人なら無事逃がすことができます」
「……セバスティアーナ。私は友達を失った。だから仇はとりたい、力を貸せ…って、セバスちゃんその眼鏡」
セバスティアーナは透視眼鏡をかけていた。
「そうおっしゃると思いました。深度調整、なるほどよく見えますね。さてベヒモスの弱点ですが、……首筋からのどのあたりにかけて若干の切り傷があります」
そうか、ドイルがつけた傷だ。感謝する。
「ならば、方針は決まった。セバスちゃんは何とかしてやつの隙を作ってくれ。
吾輩がグレーターテレポーテーションで接近し魔剣ヴェノムバイトを刺し毒を流し込む、そして再び離脱、簡単であろう?」
「了解しました、ならばモガミ流忍術を解禁しますがよろしいですか?」
忍術はこの国では誰も知らない魔法体系であるため、世間に知られるといろいろ面倒くさいということで普段の使用を禁止させていたのだが。
「ふむ、ま、どうせ誰も見ておらん、存分にたのむぞ」
「了解! では参ります」
セバスティアーナはメイド服の下に隠していたクナイを投げ、ベヒモスの足元に刺しこむ。
「モガミ流忍術、忍法『影縫い』!」
影縫いの効果でベヒモスは動きを止める。
だが、次の瞬間ベヒモスはクナイが刺さった地面ごと片足を引き上げた。
「うそ…… 影縫いを物理的に解いただなんて」
「ナイス、セバスちゃん、それで充分!」
すぐさまグレーターテレポーテーションによってベヒモスの頭上に出現したルカが魔剣を突き刺す。
「魔剣開放!」
瞬時に毒がベヒモスの体内に回る。その不快感から前脚で薙ぎ払うも、間一髪でルカは再びグレーターテレポーテーションで元の場所に戻った。
「危なかったのう、間一髪でミンチになるところだった、左腕だけで済んだのは奇跡だったかな」
「ルカ様!、直ちに止血を、回復術師を探さないと」
「いないさ、それに生き残っていたら、もっと瀕死の者を優先させるしな。
吾輩も魔力切れ、グレーターテレポーテーションを無詠唱で二回連続使用はさすがに無理しすぎたわい。この腕一本くらいは今回の失敗の教訓として受け入れるとしよう」
セバスティアーナとルカはかろうじで、ベヒモスに致死の毒を差し込むことに成功し、ベヒモスは自身の痛みに耐えられず逃走をはかった。
あの毒でベヒモスを殺せただろうか、いや、あれはきっと死なない、あの速度で走れるということはきっと毒に耐性があるのだろう。
今回の遠征は完全に失敗だな。
生きている者たちに応急処置をすませると、吾輩たちは撤退の準備を始めた。
皆の顔は暗い、生きている貴族は吾輩以外いないのではと思っていたが、人ごみから一人の貴族と思われる老人が現れた。
「失敗ですな……。なんということだ。国の者たちになんと報告すれば……」
レーヴァテイン公爵は生きていた。だが自身の持ってる魔法の杖は砕けていた。
なるほど、【フェニックスフェザー】は一度だけ所有者を復活させることが出来るという伝説は本当だったか。
フェニックスフェザーは一般的には所有者に若々しい肉体を授ける能力と知られている。
なるほど、それが公爵の本来の姿か。
目の前には、先日まではあった燃え盛るような覇気をすっかり失った、ただの年老いた哀れな貴族の姿がそこにあった。
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