第34話 海のドラゴンロード②

 一週間はあっという間に過ぎていった。


 ベアトリクスは俺達の前には現れなかった。

 というか、近づけなかった。

 例のルールのせいだろう。


 ベアトリクスは忙しそうだった。 

 二日目から船員達の仕事を視察。いや、視察というか船員たちからは全員、俺の仕事を見てくれといったオーラが見えた。


「船員さん達、頑張ってるわね。きらきらと輝く汗が眩しいわ。それにあの笑顔。余程嬉しいのね、見ていて飽きないわ」


 シャルロットに同意だ。俺達はベアトリクスを遠くで眺めているだけで時間がすぎていった。


 ベアトリクス本人はただ笑って、なにか喋っているだけだったが。


 船員たちのリアクションが面白い、まるで子供のようだった。

 そうだ、あのドラゴンに造詣の深い砂浜の少年を思い出した。

 皆あんな感じの子供だったのだろう。



 嵐に遭遇した。

 一週間の船旅だ、そういう事もよくあるそうだ。


 船が揺れる。

 雨が降っているので、俺達は客室の中にいた。

 船員さん達は今も頑張っているのだろう。

 大変だと思う。だが、大丈夫だろう。

 この船にはベアトリクスがいるのだ。


 船員たちの士気は高い。

 というかここぞとばかりにやたらに張り切る船員たち。

 俺は船乗りを甘く見ていた。こと海の上では彼ら以上に信頼できる人はいないのではないだろうか。


 的確に操船して。決して浸水させず、嵐が過ぎるまでそれを継続していた。

 俺達はといえば。船酔いでダウンしてしまった。


 最初はベアトリクスから貰った薬で何とかなっていたが。揺れが本格的になると、それでも駄目だった。

 船内で暇だったからといって本を読んでいたのがいけなかったのだろう。船旅を甘く見ていた。


 時折、ベアトリクスが客室を周り、果実水を配っていた。船酔いで何も食べれない人たちに水分補給をさせるためだそうだ。

 女神様はやはり偉大だった。


「もう、無理だわ、私ここで死んじゃうのかしら」


 大げさなことを言う。でも船酔いを甘く見てはいけないということだ。

 彼女は嘔吐を繰り返していた。そして寒さを感じたのか震えだした。


 ベアトリクスがやってきた。


「よくありませんね。お嬢ちゃんの年齢だと、まだ船旅は厳しかったかということでしょう」


「じゃあ、どうすれば。嵐はいつ止むかもわからないですし」


「うむ、まあ、明日には嵐は抜けるだろう。それまで絶えればよい。そうだな。回復魔法を使うのもよいが、それは一時的な時間稼ぎにしかならん。

 魔力切れになったら船酔いはもっときついから憶えておくとよい。それで死んだ人間を知っておるからの……

 少年よ、お主が定期的にこの果実水を少しずつ飲ませる。回復魔法をたまに彼女に掛けてやる、そして暖をとるのがよいだろう。

 幸いにお主たちの関係は良い。少年よ、今夜が山場だ。お主が彼女の側に寄り添い暖房になるのだ。そして背中でもさするとよい。気分が楽になるであろう、それを一晩つづけよ」



 翌朝。

 嵐はすぎていた。シャルロットもだいぶ良くなっていた。

 ベアトリクスにはお礼をしないと。


 ベアトリクスは相変わらず船員さん達の仕事を見ていた。見ていただけなので俺達が近づくと、こちらに近づいてきた。


「あの、ベアトリクスさん。私、貴方に助けられたそうで。ありがとうございます。この御恩は一生忘れません」


 シャルロットが頭を下げる。仕事を見てもらってた船員さんは最初は邪魔が入ったとおもって不機嫌な顔をしていたが。事情を察すると、ほっこりとした顔になっていた。


 そう、こういう女神様に対する感謝の気持ちは彼らにとっても誇らしいのだ。

 どうだ俺達の女神様は凄いだろうといった感じか。


 しかしグプタの人はベアトリクスが好きすぎだろう。まあ、悪い事ではないから口にはださないけど……。


 そういえばこの船員さんは嵐の中、船内を駆け回っていた人だ。

 この人の功績は大きい、彼は当たり前のことだ言うだろう。

 

 しかし、俺としては直接お礼がしたかった。それに仕事内容も気になる。

 海の男の仕事に興味があった。

 

 後ではシャルロットとベアトリクスが話をしている、ちょうどいい。俺はこの船員さんに仕事内容を聞くことにした。


 ――シャルロットとベアトリクスの会話。

「お嬢ちゃん、すっかり良くなったみたいだね。よかったよかった。でも、私は別に特別なことはしてないよ? お礼を言うなら。そこの少年に言わないと、それはそれは手厚い看病。

 世間一般でいうところの、乙女の夢をお嬢ちゃんは体験したのだぞ? 恩返しをするなら……ふむ、そうだな。彼の子供でも産めばいいんじゃない? おーい少年よ!」


 後から俺を呼ぶベアトリクスの声が聞こえた。この船員さんの話をもっと聞きたかったけど、船員さんは女神様が呼んでいるんだからさっさといけと言われた。


「はい、なんでしょうか。って、シャルロット顔が赤い。まだ治ってなかったんじゃないか。すいませんベアトリクスさん。さあ、客室に戻ろう」


「ああ、それはいい、お嬢ちゃん? 自分の気持ちには素直にね? 拗らせると大変だぞ? まあ、それはそれで見てる側は面白いんだけどね。まあ若いんだ。ごゆっくりー」


 何をいってるのか分からなかったが、とりあえず俺達は客室に戻るとシャルロットをベッドに寝かした。


「へへ、あの二人旨く行きますかねぇ」


「まあの、お互いに若い、ゆっくり歳を重ねればいずれはお互いに素直になるであろう。

 というか、お前はどうなんだ。そろそろ30だろうが」


「へへ、おいらは海の女神様一筋なんで、街の女には興味ないんでさ」


「ふむ、なるほどな、また、振られたのか。かわいそうにの、お主はずっと海での生活だったからな。

 街の女では無理というもの、だとすると、あの娘はどうだ? たしか父親は船長だと自慢しておったが、どこかさみしそうな娘がおったの。

 お主が海に連れ出せばよいだろう、たしか父親の名前は――」


「女神様、その子は船長の娘さんですよ。絶対に無理ですって」


「無理ではない。彼女は船乗りになりたいと言っておった。そうだの、まずはお互いに会ってみて、どうかというところだ。船長が義理の父になるのは嫌か? でもお主もまんざらでもあるまいて。私にまかせよ」


 …………。


 客室にて。


「シャルロット、まだ熱があるのか。だったら無理しないで今日は一日寝ることだ」


「カイル、ごめん、私、お礼を言う人を間違えてた。ありがとう。でも、少しだけ待ってほしいの。その……私はまだ子供とか、そういうのはまだ覚悟ができてないというか」


「何をいってるんだ、君は子供じゃない、立派な大人だよ、船酔いくらいは誰にでもあるさ。さぁ、目を閉じて。ゆっくりするといい」


 シャルロットはまだ治っていなかった。それどころか風邪を引いていたようだ。

 かなりの高熱で俺とベアトリクスは交代で看病を続けた。


 ベアトリクスは彼女に謝っていた。よくわからないが二人の間で何かあったのだろうか。

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