第33話 海のドラゴンロード①

 翌朝。

 俺達は桟橋まで来ていた。


 目の前には木造の大きな帆船がそびえたっている。

 俺達が帆船まで近づくと。甲板の上では船員達が忙しく働いているのが見えた。大縄を引っ張ったり、帆を調整したりしている。


 目立つ帽子を被っているのが船長さんだろう。

 見た目は初老の男性で颯爽とした姿は彼の経験に裏付けられたカリスマ性というやつだろうか。


 ……だが、前言撤回だ。

 彼は船員に指示を出し終えたのか、青いドレスをきた女性の近くまで来ると、デレデレとした表情になり。

 帽子を脱ぎ、頭をかきながら、なにやら饒舌に喋り倒しているのだ。


 青い女性とは、もちろんドラゴンロード、ベアトリクスの事だ。

 ベアトリクスが俺達に気付くと。船長とのおしゃべりを中断して俺達に近寄ってきた。


「驚きました。海のドラゴンロードも船に乗るんですね」


「まあな、本来の姿なら必要ないが、今は人化しておるからな。人間の乗る乗り物にものるさ。それに単身で海を渡ると船乗り達がすねるからのう。彼らがぜひ乗れというのだ、断れんさ」


 なるほどな。どおりで船員さんはきびきびしているのだろう。

 普段の彼らを知らないが、それでも彼らの緊張感というか、無駄に張り切ってる感は伝わってくる。女神様にいいところを見せたいといったところか。


 船は無事、東グプタを出航した。目指すは西グプタ。カルルク帝国がある大陸だ。

 もっとも、エフタル王国もカルルク帝国も、じつは地続きであるというのは一部の人間には周知の事実だが。

 その陸路が北方のバシュミル大森林を通らなければならないことから、多くの人たちにとっては両国は別の大陸であると認識されている。


 事実、カルルク帝国に行きたければこの海路を通るしかない。


 バシュミル大森林経由で行こうとする人はよほどの命知らずの冒険者だけだ。


 俺達は船尾で。遠くなっていく東グプタの港町を見ていた。


 いい街だったな。

 ずっと住むならああいう街もいい。

 まあ、これから色んな街を見て回ることになるだろう。


 俺達の最終目的地はカルルク帝国の最北端、迷宮都市タラスだ。

 そこで、ルカ・レスレクシオンに会う。

 それからどこに行くか考えてもいいだろう。

 エフタルだって安定してくればまた戻ることもあるだろう。何年後になるか分からないが。


 エフタル共和国、今朝の新聞によると、地下に隠れていた貴族を捕まえて処刑したそうだ。

 たぶん、俺達が生きてる間は、いや貴族に虐げられた世代が全て亡くなるまでは、戻れないのではないのだろうか。


 それに、まだ地下に隠れている貴族たちが何もしないともかぎらない。

 王都を取り戻すために田舎貴族と合流して再起を測ることも考えられる。


 そしたら内戦に突入するだろう。

 最高議長であるクリスティーナという女性が何者か分からないが、彼女のやり方次第でエフタルは再び地獄になる可能性だってあるのだ。


「ねえ、カイル。さっきから黙ってるけど何考えてるの?」


「いや、エフタルは共和国になったらしいけど、帰れるようになるのはいつになるかなって」


「さあ。もう一生無理じゃない? 別に私としては思い残すことも無いし。肉親は一人も残っていないから、旅してた方が全然気楽よ。何事もなくエフタルで生活してたら、顔も見たことも無い10歳年下の男と結婚しただろうし」


「そっか、でも親戚とかはいたんじゃないの? 公爵家だったんだろ?」


「……いたわね。王様と、その生き写しともいえる変態の王子に、常に上から目線の嫌な女の代表ともいえる王女が三人……。

 二度と会いたくないわね。まあ、死んだ人をこれ以上悪くはいいたくないけど。ほんと、同じ血が流れていると思うと嫌になっちゃうわ」


「そっか、シャルロットは強いんだな。俺は少しばかり故郷に思い出があるからまだ引きづってるよ」


「あ、そっか。……ごめんなさい。おじさまとおばさまに建設組合の皆がいるんだっけ。私の事ばかり考えて、無神経だったわ」


「いや、いいんだ。その辺は気にしないでくれ。どっちかっていうとシャルロットをこんな遠くに連れまわしてよかったのか不安だったから」


「そ、そう。だったら心配しないで。あんたと一緒ならどこでも……」


「おーい。お二人さんや。そろそろ日が暮れるぞー、客室に入ってディナーといこうじゃないか」

 ベアトリクスの声が客室の方から聞こえた。


 さすが大陸間を航行できる大型の帆船だ。


 船内にはレストランがあった。

 テーブルの数も多いし、いろんな衣装に身を包んだ客が席に座っている。多国籍を思わせる風景だった。

 俺達も席に座る。


「人気者の女神様が俺達と同じ席で良かったんですか? 視線が痛いというか、みなさんも女神様にお話したそうですが」


「ああ、それはお主らが気にすることではない。なんというかな、彼らが勝手に決めたことだが、彼らがそれでよいなら私もありがたくそうさせてもらうのだ」


 ベアトリクスが言うには。

 女神様と話をするのにはルールがあるらしい。

 グプタという街が出来たと同時に作られた、法律よりも上位の最初のルールだ。

 これは絶対に変えることのできないグプタがグプタである限り変らないルール。


 昔から、この地域では女神様は人気者で、皆が話したいし、一緒に食事したいと思っていた。

 すこしでも同じ時間をすごしたい。男女問わずだ。


 女神様としても来るもの拒まずに相手をしていた。


 だが問題が起こったのだ。だれが女神さまと一番お話ができたか、女神さまに何回救われたとか。

 女神様は一番俺にやさしい。いや。私のほうが女神さまの寵愛を受けている。


 などなど、醜い争いが起こったそうだ。

 そして女神様は姿を消したそうだ。

 当人は「めんどくせ」と言って。しばらくカルルク経由でバシュミル大森林とエフタル王国方面をぐるっと一人旅をしたそうだ。


 そして、グプタに戻ると。人々は涙を流しながら女神さまを迎えたそうだ。

 そのときに出来た女神様に対する人間たちのルールはこうだった。


 ――女神様が誰かと話している時は邪魔をしてはいけない。

 お客様を連れている場合はお客様優先であって、これも邪魔をしてはいけない。

 ただし、一日経ったのなら、その限りではない。お客様とはいえ二日以上女神さまを独占するのは許されないからだ。


 女神さまがおひとりの場合も同じで囲ってはいけない。挨拶程度にとどめること、女神さまから話しかけられた場合はその限りではない。――


 などなど。

 

「――というわけだ。明日は船員たちの相手をするから。お主らは好きにするとよい。あと、お主らはまだ船酔いにかかっておらんようだが。海が荒れることもある。気持ち悪くなったらこれを飲むとよい」

 船酔いの薬を一袋くれた。彼女の持っているカバンの中にはまだまだ小さな袋がたくさん入っていた。


 なるほど、他のお客さんにも配っているのだろう。本当にこの人は女神様だ。


 俺達はレストランを後にすると、ベアトリクスと別れた。

 彼女はベッドでは寝ないそうだ。彼女は船首で一晩明かすらしい。


 航海の安全を祈願、というか。実力行使で安全にするということだろうか。

 彼女が船首に経つことで。知能の高い、ある程度の上位の魔物は決して近づいてこないのだろう。


 そういえば、船に乗る前に違和感を感じたことがある。

 この船には船首を飾る彫刻の類はなかったのだ。


 だが、なるほどな。偶像ではなく本物の女神様がいるのだから当たり前か。


「ねえ、カイル。彼女は本物の女神様ね。ドラゴンってなんなのかしら」


「俺も思ってた。まあ呪いのドラゴンのような悪党も居れば。いいドラゴンもいる。俺達人間と変らないんじゃないかな」


「そうね、凄く勉強になったわ。たまにお節介な気もするけど。でもこの街の人たちは例外なく彼女を慕っている。それは素直に認めないと」


 …………。


 深夜。

 見張りと一部のクルーを除き全員が寝静まった頃。


 ベアトリクスは船首の先に一人で立っていた。

 月の光に照らされた彼女の青い髪は風になびき、夜空の深い青色に調和してより幻想的だった。


「まったく、まだまだ子供ね」


 ベアトリクスは船首から海に飛び込む。


 そして、船の下に潜ると。ベアトリクスは人化を解く。

 海のドラゴンロード。そのウロコは青く、海に溶け込んでいる。

 細長い胴体は美しい流線形をしており。水中に適した形をしている。


 彼女は思い出していた。「女神様。おいら、ぜったい船長になる。今はこの砂の船しか作れないけど、おいらが大人になって船長になったら。

 女神様、おいらの船に乗ってほしいんだ。だから船首には女神像は飾らない。そこは女神さまの席だからな」


「まったく、変らんな。可愛い坊やだ。

 子供の夢はかなえてやるのがドラゴンロードというもの。いや私の楽しみの一つだ」


 そのままベアトリクスは船体を自身の長い胴体で包み込む。「女神様、俺が立派な船を作ったら女神さまの抱擁をくれよな?」


 それを言ったのは船大工の子供だったか。忘れたが。まあよい、約束は約束だ。

 そのまま、船全体を包み込んだベアトリクスは眠りについた。


 以降、この船は海のドラゴンロードの加護により、一度も魔物に襲われることはなかったという。

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