第23話 二人旅② 

 俺達は南に向かって歩く。


 ここは王都方面とは違って丘陵地帯が広がっている。

 商業都市から南側は穀倉地帯になっているため、麦畑や小麦畑が広がっている。


 穀物はまだ若いのか黄緑色をしていた。もう少しすればここ一体は黄金色に輝くのだろう。

 遠くには草食動物が放牧されているのが見える。

 森と違って、どこまでも続く広大な景色に俺達は感動した。


 夕方になると、穀物畑が夕陽の光を反射して美しく輝く。

 収穫期まで待ったらもっと綺麗な黄金色に染まってさぞ美しい風景だったのだろうなと思った。

 もちろんそんなことは出来ないのは分かっている。

 でも落ち着いたら農業をやるのも悪くないかもしれない。


「今日はこの辺で一泊しよう。夜道を歩く必要もないしな」


 俺達はテントを設営する。

 夕食は屋台で買った串焼きと、同じく屋台で買った余り日持ちしなさそうな、ふかふかなパンを食べると直ぐに眠りについた。


 翌朝。


 俺達は、昨日食べきれなかった残りのパンで軽く朝食を済ませると。


 再び南に向かって歩みを進めた。


 そろそろ穀倉地帯を抜ける。

 ここからは何もない草原が広がる。野生の動物も現れるだろう。


 しかし俺に狩猟の経験はない。

 最初は上手くいかないかもしれない。


 まあ昨日までにさんざん食い溜めができた。しばらく肉なしでも我慢できるだろう。

 一応、燻製肉のストックだって三日分くらいはある。


 草原は、初夏ということもあり緑の草が広がっている。

 太陽が高く輝く初夏の日差しは、草原を明るく照らしている。


 風が吹くと、暑さを和らげる爽やかな風が吹き抜ける。

 草原には、羊や牛がのんびりと草を食んでいる。


 あれはさすがに野生動物ではないよな。

 シャルロットが羊や牛を見ると振り返り、俺の目を見てなにか言いたげな表情をした。

「だめだ、あれはおそらく放牧しているやつだ。家畜泥棒になりたいのか?」


 俺がそう言うと、ブスっとした表情に変わったが、さすがに何も言ってこなかった。


 草原にはこんなにも多くの種類の花が咲いている。

 青い空に生える黄色や赤い花が風に踊っているように見える。

 こんなに美しい風景があるというのに、まったく、まだ肉に未練があるのか。


 俺達は道なりに草原地帯を歩く。

 馬車が通る道には、馬や人によって地面が踏み固められているのだろう。

 背の高い草は生えておらず、所々にぽつんと若い草が生えているだけだった。


 道中、向かい側から何度か商人の乗る馬車に遭遇した。

 軽く挨拶を済ませる程度だったが、兄妹二人で旅をしているというと、商人のおじさん達は必ず果物をくれた。


 南方の特産品の果物らしい。

 とても酸っぱかったが爽やかな香りのする果肉は今まで食べたことのない不思議な果物だった。


 しばらく歩いていると、水の流れる音が聞こえた。

 久しぶりの川だ。

 北方の森にあった川とは違って随分と小さいが、それでも涼をとるのに最適だろう。

 俺達は南方の夏の経験はないのだ。少しずつ暑さに慣れていかなければ。


「ねえ、少し疲れたわ。休憩しましょう」


 シャルロットはそう言うと木陰にキッチンカーを止め、椅子とテーブルのセットを始める。


 川の音は心が落ち着く。


 この川はどこから流れているのだろう。地図には書かれていない小さな川だった。


 今はどのへんだろう。今度商人に会ったら聞いてみるとしよう。

 魚はいない、探せばいるだろうが食べれるほど大きなのはいないだろう。


 後を振り返るとシャルロットはティーポットを取り出しもうお茶を始めている。


「ふう、やっぱ一日に一回はお茶を飲まないとやってられないわ。キッチンカーがあってほんと助かったわ」


 たしかに、キッチンカーは便利だ。

 俺はシャルロットの入れた紅茶を口にふくむ。

 少し濃いめだが、疲れた体にはこれくらいがいいのかもしれない。


 いや、正直に言えば不味い。油断していた。やはり俺が準備するべきだったのだ。

 しかし、飲まないと悪い気がする。

 俺は食べかけの果物をナイフで一切れ、紅茶に入れてみた。

 あれ、旨い、爽やかな香りがこの濃い目のお茶を少し緩和している。

 いやむしろいい感じ調和している。


「シャルロット。大発見だ、この南方の果物と紅茶は相性がいい」


 ごまかすつもりだったが、これは本当に大発見だった。

 しばらくお互い無言で紅茶を楽しんでいた。


 木陰に入ったためか、風は涼しく火照った身体を癒してくれる。

 

「……ねぇ、カイル、ご両親は残しておいてよかったの? 今さらだけど、少し落ち着いたから、聞いておかなきゃいけないかなって……」


「ああ、おっちゃんたちなら大丈夫だ。建設組合はそこら辺のゴロツキなんかよりも強力な武闘派集団だからな。

 ちなみに両親は俺が生まれてすぐに死んだから、おっちゃん達は育ての親だよ」


「それは、……ごめんなさい、嫌なこと聞いたかしら」


「いいよ、顔も憶えてないし。それに、おっちゃん達も隠し事せずに、両親が死んだことは俺が物心つく頃には話してくれたから。

 むしろ今ではどんな人達だったのか好奇心の方が勝ってる感じかな、凄腕の冒険者だって話だし」


 少し空気が重くなった気がした。

 シャルロットは申し訳なさそうな顔をしている。

 こういう話は今することじゃないな。


 俺は話題を変える。


「それにしても、このキッチンカーもそうだけど、ずっと魔力を供給し続けてるこの魔剣、いったいどれだけ強力な武器なんだろう。

 これを作ったルカ・レスレクシオンって本当に天才なんだな。これが量産されてればドラゴンなんて簡単に倒せたのにな」


「そうね、でもそうでもないわ。天才なのは異論はないけど、私はそれと同じくらい馬鹿だと思う」


「え? どういうこと?」


「だって、その魔剣を使える人間があんた以外いないんだから。忘れたの? それが一本しか作られずにただの美術品になって貴族のマネロンに利用されてたのを」


 そうだった、俺が所有者になってすっかり忘れていたが、これを使いこなせるのは俺だけだったのか。

 オーガの血筋がある俺だけの。


「どんなに鍛えたってそんな重たい武器だれも持てないわよ。それに、貴族は絶対に身体を鍛えたりしない」


「絶対にって、でも君は鍛えてるじゃないか」


「私は例外よ、でもそれはあんたとの決闘で考えを改めたのよ。

 いずれ負けてしまうと思ったの。あんたのヘイスト込みの全力の速度に私の詠唱が間に合わなくなってきてたから」


 なるほど、接近戦こそ魔法使いを打倒できると思って、俺は中級魔法のヘイストに全てを掛けていた。

 でも、一向に彼女に勝てないから自分の才能が無いのだと悲観したものだ。でも彼女もそれ以上に成長していたのだ。

 だからいつまでも勝てなかったということか。


 なるほどね、彼女は貴族でも珍しく、自分に厳しい。

 それに怠け者である貴族には年上だろうと食ってかかっていた。だから12歳にして魔法学院でトップの成績を治めたのだ。


 まあ、それゆえに近寄りがたい存在として、尊敬とある種の嫉妬を受けていたため友人はいなかったのだが。


「さて、休憩終わり。あんたも、私の脚ばかり見てないで片付けの手伝いくらいしなさいよ」


 誤解がある、考え事をしていただけだ。まあ、たしかに俺の目線は彼女の太ももを捕らえていたのは事実だ。

 俺の目の前で靴を脱いでマッサージを始めたのだから見てしまうのもしょうがないだろう。


 それに、その格好だ。

 いくら暑いとはいえ、ショートパンツにノースリーブという大胆な格好をしているからだ。

 滑らかで美しい曲線に目を奪われてもしょうがないじゃないか。


 椅子とテーブルは折り畳み式になっており、簡単にキッチンカーに収納できるようになっている。

 ピクニックに最適な仕様だから全てにおいて手間が掛からないようになっている。

 デザイン性は皆無だが、機能性は抜群で非力な貴族でも簡単に組み立てが出来るため発売以来、ずっとベストセラーである。


 優秀な武器に注目を集めがちだが、こういう発明こそが重要だと思う。

 ルカ・レスレクシオンは、やはり天才だと俺は結論付けた。

 

 手早く荷物をしまうと、旅を再開する。

 午後を過ぎたあたりだろうか、心地よい風と草木のざわめきを聞きながら俺達は歩みを進めた。

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