第19話 商業都市フェルガナ①
二週間程、森を歩いている。
幸いなことに、道なりに進むと三日に一回は大きな河川に遭遇した。
定期的に魚が取れるし、水浴びも洗濯もできるのでストレス解消には持って来いだった。
だが、その度に俺達は最初の川岸での出来事を思い出してしまい。自然と無言になったのだった。
忘れようとする度に思い出してしまう。まあそれも今日で終わりだ。
やっとのことで俺達は商業都市フェルガナにたどり着いた。
真っすぐ街道を行けば一週間は掛からない距離だが。街道はエフタル解放戦線の縄張りということで俺達は避けてきたのだ。
街に入ると驚いた。
王都での出来事が無かったかのように平和だったのだ。
ここは商業都市の名の通り、商人ギルド出身の領主が管理する経済の中心都市である。
独立都市であるグプタほどの独立性は無いが、王都への税金や物資を納めることで商業の自由が保障されている。
俺も詳しくは知らないけど。この商業都市なら、しばらくは身を隠せるだろうか。
関所は問題なく通ることが出来た。
目的は観光だというと、一応キッチンカーの中身を開けてみせた。
武器の類はない。魔剣は動力部にはめ込まれているため、これが武器だとは思われなかった。
それから俺達の関係性は兄妹ということにしておいた。
商売目的では無いので通行料は銅貨数枚ですんだ。随分安い。
観光で訪れた人には街でお金を使ってほしいという意図があるためだろう。
もっともそれも時間の問題ではあるか。
関所を通ろうとすると、警備兵の人が教えてくれた。
王都へは行かない方がいい、とのことだ。俺達は街道を使わずに森から出てきたので王都から来たとは思われなかったのだろう。
警備兵の人に王都の状況を聞こうとしたが、彼らも詳しいことは知らないようだ。
王都との間の街道に盗賊団が陣取っているため、商人の行き来が出来なくなってしまったのだという。
盗賊とはエフタル解放戦線のことだろう。
あれから二週間が経つ。さすがに商業都市の上層部も動き出すだろう。
警備態勢も厳しくなることが予想される。
「シャルロット、悪いけど、ここにはあんまし居られそうにないね」
「分かってたわよ。むしろ呆れるくらい平和だったから、逆に驚いていたくらいよ」
「とりあえず宿を探して、買い物をしよう。本格的に旅の準備をしないと」
「そうね、保存の効く干し肉とかたくさん買わないと、さすがに魚は飽きたわ」
とりあえず俺達は宿を取ることにした。
安宿ではなく商人が止まる少しだけ高い宿にした。
なぜならこの宿には警備付きの馬車置き場があるからだ。その辺にキッチンカーを置きっぱなしにするのは防犯上よくない。
一応キッチンカー自体には防犯装置はあるようだが。まだ詳しい仕様が分からないので、それに頼り切るのは得策ではない。
馬車置き場には大小様々な商人用の馬車があった。
貴族が使うような装飾の施された馬車ではなく、実用性にのみ特化した馬車がほとんどだった。
もちろんキッチンカーのような物は無かった。
これでは俺達が貴族みたいじゃないか。
まあ半分正解だが、キッチンカーは旅行好きの平民達にも憧れの逸品だし、背伸びすれば中古市場で手に入る。おっちゃんもその類だし。
宿代は多少高くついたがお金はあった。
そう、シャルロットは愛用のマジックワンドを売ってしまったのだ。
それはミスリルや宝石を豪華に使用した、伯爵家に相応しい価値のある逸品のはずだが……。
俺は彼女に申し訳なかった。だが彼女は俺に言った。
「別にいいわよ。10歳の誕生日に、あの学院長からプレゼントで貰ったものだから。マジックワンドなら同じ効果の物で10分の1以下で買えるわよ」
「ならいいんだが。それにしても学院長からのプレゼント……か」
多趣味だと聞いていたがさすがに。いや死んだ人を悪く言うつもりはないけど、10歳の女の子相手にそれは……。
「ああ、誤解がないように言っとくけど、別に学院長とは何の関係もないわよ。ただ……あいつの孫との婚約を考えてほしい、と言ってたかしら。
なら、その孫という奴を私の前に連れてきなさいって話よ。面倒くさいったらないわ」
ちなみに学院長の孫は当時は生まれたばかりだったという。
……うーむ貴族というのはよくわからん。
「そんなことより、買い物しましょうよ。久しぶりだから楽しみだわ。そうね、まずは服を揃えましょう。長旅に備えないと」
「ああ、そうだな、季節的には夏になる。それに南に行くからもっと暑くなるだろう。防寒用のマントではさすがにきついからな」
俺達は商人や冒険者にご用達の服屋へ向かった。
商業都市の大通りを歩く。
大通りというだけあって道幅はかなり広い。
キッチンカーを持ってきても決して通行の邪魔になるようなことは無かった。
たまに興味津々な人の目に留まって、声を掛けられることはあったが……。
反応は様々だ、俺のがもっと大きなのを持ってるとか。同じ奴を買おうとしてるから使い勝手はどうか、とか様々だ。
それにしてもさすがは商業都市だ。
大通りには色とりどりの幕がかかった露店がならんでいる。香辛料や、食べ物、衣類、宝石、魔法道具など。
シャルロットは食べ物の屋台に夢中だった。
肉を串にさして香辛料をまぶして焼かれた単純な肉料理だったが。
……いやシャルロットのせいにしてはいけない。俺も夢中だったのだから。
だが、それは後だ。……いや、空腹では判断が鈍る。
「ねえ、カイル、まずは服屋に行くっていってたじゃない? それなんだけど……」
「言わなくても分かってる、俺も同じ気持ちだ。まずは肉を食べようじゃないか!」
肉の焼ける匂いの誘惑には逆らえなかった。
とりあえず串を二本買った。欲張ってお腹いっぱいになっては元も子もない。
「ふう、やっぱりお肉が一番ね。あ、もちろんお魚も美味しかったけどそれはそれ。肉は別格よね」
シャルロットはぺろっと一本平らげてしまった。
俺も肉のうま味に舌鼓を打つ。彼女の意見に俺も同感だ。
本格的に旅にでるんだ。狩猟用の道具を揃えるのは悪くないだろう。いやむしろ必須ではないだろうか。
肉は貴重なたんぱく源であるというしな。
まあ、とりあえず、俺達は服屋をさがす。
露天にも服は売られているが、長旅を想定しているから品質には妥協できない。
俺達は屋台を離れ、古びた建物を目指す。
そこは一階に商店があり、上の階には商業ギルドの旗が取り付けられていた。
「ああいうお店の商品は商業ギルド公認だから、多少値が張っても品質はいいんだよ。おっちゃんたちも作業着を買う時はギルド公認でないと駄目だって言ってた」
「へえ、そうなのね、初めて知ったわ。私だったら、そこの露店で買ってたわよ」
「もちろん、露店はたまに掘り出し物があるから買い物自体は楽しいし、目利きの練習になるからいいけど、大体は安物だから数回の洗濯で着れなくなってるだろうね」
「そうなのね、さすがにまた裸で寝るのは勘弁だわ……」
忘れたはずの出来事をまた思い出してしまった。いかん、忘れるんだ。
「さて、これから南に行くし季節的に夏が近づいている。薄手で丈夫な日よけのマントとか、いろいろ買う物は多い。気合入れていこう」
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