第四話 デコレーション・ドリ〜ミンッ♪


 10年前、11歳のクリスマス。その年も天羽の父親は帰ってこなかった。だから家にもいたくなかった。当てもなく街を歩いて、遊んで、ちっとも満たされなかった。四度目だ。約束を破られることに慣れている。自分が嫌いになりそうだ。イルミネーションに飾られた町と人々の熱気の中で自分だけが暗く寒い場所にいる。そんな思いだった。チキンも味がしないしゲームをしてもどこか虚ろでつまらない。そんな街を敵が襲った。フォトンマンの宿敵である闇の文明が作った巨獣機だった。奴らは光を嫌い、闇の中で活動的になる性質を持つ。その目的は地上を人類から取り戻すことだ。暗火が光を奪いながら燃え広がる。天羽はただ見ていることしかできなかった。恐怖が体から気力を奪い足が動かない。

「助けて……父さん……、フォトンマン……」

 熱い、熱いのに暗い。呼吸ができない。闇は迫ってくる。黒い炎が燃え広がり、その場所が夜空と同化して見えなくなる。奇妙な感覚であった。炎であるはずなのに炎と認識できない。きっと燃やされても実感が湧かないだろう。暗火に燃やされたものは闇に溶けて燃えカスすら残らないのだ。まるで最初からいなかったように。

「ああ……」

 絶望したその時に、光は降り立った。フォトンマンだ。一息で黒い炎を吹き消した。まるでケーキのろうそくの様に。そして巨獣機に向かって立ち向かっていく。相手の力を利用し、受け流し、相手に返す。どんな相手も華麗に投げ飛ばしてしまう。そして最後は敵の動力炉を貫手で突き刺して停止させる。格闘術の達人であり比類なき戦士。それがフォトンマンだった。

「ありがとう! フォトンマン!」

 あの日からずっと天羽のヒーローはフォトンマンだ。


「んん……」

 波の音が聞こえる。最後の記憶は海中で巨獣が爆発したところだ。そして今いるのは砂浜だ。いつの間にか流れ着いたのだろうか。だとしたら自分は流木かボトルレターか。どれくらい経った? どこだ?

「君にはまだやってもらうことがある」

 声が聞こえた。誰の声かわからない。自分の足を持って引き摺っている。この人が助けてくれたのかもしれないと思った。


「天羽、聞こえるか天羽!」

 今度の声は聞き覚えのあるうるさい声だ。目覚めたのは病院のベッドの上。腕には輸血の管が繋がっている。

「うるせえよ……」

「ああ、すまん。だが生きててよかった」

「生きてるに決まってるだろ。俺は……」

「お前海に放り出されたんだぞ。奇跡的に漂着したからよかったが」

「奇跡的か……、じゃあの声はなんだったんだ?」

 自分を引き摺っていた男。あれは誰だったのか。そもそも現実なのか? 寝起きの頭には情報量が重すぎる。天羽はとりあえず飯でも食ってから考えようと思った。

「倒したのか?」

「ああ、倒した」

「そうか……」

 今回はエースがいなければ勝てなかった。それがわからないほど天羽もうぬぼれてはいない。だからこそこの勝利は喜べなかった。目をつぶって深呼吸をする。

「なあ、何日寝てた?」

「5日だ。加賀美さんも何度か見舞いに来たそれと……」

「そこまで聞いてねえよ」

 不甲斐ない自分への怒りがこみ上げてくる。こんなベッド、こんな毛布、こんな服、俺にはふさわしくない。天羽の心臓が早鐘を打つ。

「退院する」

「おい待て」

 毛布を蹴とばし、管を引き抜いてベッドを出た。

「世界中が俺を待っているんだよ!」

「お前だけじゃないだろ! 俺たちもいる」

「俺だ! 俺だけだ! 俺だけじゃないといけないんだ!」

「どうしてそこまで嫌うんだ!」

「俺に聞くんじゃねえ! 聞くんだったら……」

 天羽は最上の胸倉を掴む。動悸がする、息が荒くなる。天羽にとってこれは。

「いや、その、済まない。いいんだ。悪いな香ちゃん」

「どうした天羽?」

「もう俺に関わるなよ。うっとおしんだよお前」

「断る。放っては置けない。危なっかしいんだよ天羽は」

「危なっかしい? どこが?」

「自分が傷つくことをなんとも思っちゃいない。今度は入院だけじゃすまないぞ」

「俺は死なねえよ。まだやることがあるんだ。それにお前こそ、あんなちっさい人形で巨獣と戦うなんて、マジで死んじまうぞ」

「それがエースの使命だ」

「お前らは使命だって言えばなんでも許されると思ってるのかよ!」

「そっちこそフォトンマンだからって!」

 二人はにらみ合う。

「勝手にしろ。俺は止めたからな」

「天羽、もしエースが何かしたというのなら俺に教えてくれ」

「……」

 最上は去っていく天羽を止めることはできなかった。

 去った天羽も心に澱みを抱えていた。今の自分は理想のヒーローとはかけ離れている。漬物がどうとかそういう問題じゃない。もっと致命的な何かが自分に欠けている気がするのだ。

「畜生」

 いやわかっている。わかっているけどそれを言葉にしてしまったら自分が折れてしまう気がするのだ。自分を支えている意地がヒーローであることを邪魔している。どうするべきか。こんな時アンパンマンなら、アンパンマンは必要ならばいきんまんと共闘もする。もし困っているならばすぐに助ける。ヒーローと言うものは今やるべきことを躊躇わない。そういうものだ。でも、エースと協力するなど自分にはできない。拒んでいるのは自分の個人的な感情だ。友達も親戚とも縁を切って仕事も辞めたのにこれだけは捨てられない。この意地だけは自分の中に残り続けているのだ。

「わかってるよそんくらい、香ちゃんはいい奴だ」

 でもエースだ。

「でもいい奴だ」

 そもそも嫌いなのは、最初からエースなんかじゃない。たった一人だ。

「はあ……」

 謝りたいもののバツが悪くあてもなく歩き出す。こうしていると11歳のクリスマスを思い出す。フォトンマンが来てくれるまでこんな気持ちだった。もうフォトンマンは来てくれない。自分がフォトンマンなのだから。

 馴染みの洋菓子店に行って一度心を落ち着けよう。そう思ってバスに乗ろうとしたが、行き先が変わっていた。巨獣が出た後には珍しくもないことだ。前に行ったのは1週間前なので、破壊されたのは寝ている間という事になる。

「クソッ!」

 自分の不甲斐なさに腹が立つ。もっとスマートに、速く巨獣を倒せていたら、こんなことにはならなかった。それもこれも力がないからだ。

「なにがフォトンマンだ。何がヒーローだ。街どころか意地すら守れない」

 街角のテレビにニュースが流れる。

「フォトンマンは昨日も現れませんでした。いったいどこに行ったのでしょうか」

「エースの発表によると先週の鬼之浦の戦闘で行方不明になったとか」

「先代に比べて今回のフォトンマンは未熟なのかもしれません」

 深呼吸しても気持ちが収まらない。誰にも頼れない道を選んだはずなのに脳裏には誰かの顔が浮かぶ。その顔は。その顔は。

 町のざわめきが一つの色に変わった。それは恐怖。高くそびえるビルを見下ろすその眼は、巨獣の眼だ。文明と言うものを嘲笑い、踏みつぶす。そんな眼だ。

「名誉挽回は戦いでする!」

 そう言って天羽はビルの屋上に向かうと、変身した。輝く巨人が巨獣の前に立ちふさがる。

「あっ、フォトンマンだ」

 子供の声が聞こえた。それに続いて次々とフォトンマンを呼ぶ声が聞こえる。自分を待っている人がいたんだと、天羽は励まされるような気持ちになった。

「頑張れフォトンマン!」

「無理するなフォトンマン」

「ひっこめフォトンマン」

 色々言われる。でもそれがヒーローだ。ヒーローが嫌いな人だっている。昔小学生にもなってアンパンマンを見ていることを馬鹿にされて喧嘩になった時がある。でも、そんな人も守るのがヒーローだ。戦えフォトンマン。ゆけフォトンマン。敵を斃せ。

「ダアアアアアアア」

 フォトンマンが巨獣に殴りかかる。今回はちゃんと効いている。内心、光線技は痛くて使いたくないと思っていたのでちょっと安心した。それに手首を自分で切るヒーローなんて教育に悪い。

「ジャアアアア!」

 続いて回し蹴りを放つ。巨獣の顔にクリーンヒット。巨獣は大きく仰け反る。現在フォトンマン優勢。流れるように蹴りを放ち巨獣は倒れる。今回は類人猿型の巨獣であるためかフォトンマンの戦法がかっちりとハマっている。

「今日は元気だなフォトンマン!」

 コックピットの中の声もフォトンマンには聞こえてしまう。草薙が言った何気ない一言にフォトンマンは少しイラつく。

「そうですね」

「なあに最上ちゃん複雑?」

「いいえ、元気なのはいいことですよ。あとは邪魔さえしなければ」

 邪魔なのはそっちだろと、心の中で言った。最上と草薙のジンガーは空中戦仕様のドラゴンアーマーで周辺空域を飛びながら牽制している。フォトンマンが気を取られた刹那、巨獣は腕の力だけで巨体を持ち上げ、蹴りを放ってきた。フォトンマンはそれを喰らう。

「フォトンマン!」

 最上の叫びにフォトンマンは言われなくてもわかっているとばかりに踏ん張り、受け止める。その隙にジンガー隊の援護射撃が巨獣を襲う。毛皮を焦がす光の弾に巨獣は怯む。

「あれをやるぞ最上!」

「はい、草薙さん!」

「オッケー! 位置調整は任せて。座標転送!」

 加賀美が乗る陸戦仕様のライガーアーマージンガーが右腕のドリルを回転させる。

「うおおおおおおお!」

 ドリルを構えて突進する。地面に倒れた巨獣に向かっていく。厚い毛皮を貫いてドリルは心臓に達した。

「チッ」

 フォトンマンは舌打ちして去っていった。

「あいつ……」

「まあ倒せたからいいじゃん」

「フォトンマンのおかげで隙ができたのも事実だ」

「ですね」

 最上はとりあえず勝利を喜ぶことにした。


 後日、公園で新聞を読んでいる天羽を最上は見つけた。

「なあ香ちゃん、この見出し酷いと思わないか?」

「どれどれ、フォトンマンとエース協力プレイの勝利」

「偏向報道もいいとこだ」

「こうだったらいいのにな」

「なんだよ」

「元気そうでよかったよ天羽」

「そうかい」

 わかりやすく拗ねてみせる天羽であった。

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空想特撮小説フォトンマン ゲッター線の使者 @Saty9610

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