2-07 彼女は親友
その日の放課後。
下校時刻も間近に迫り、他の委員会生徒がいないことを確認してから風紀委員室の
戸を閉め鍵をかける。
委員会室の開錠は本来一定の役職の者がすることになっているのだが、
生憎その当人である染谷は生徒会との定例会議により不在ということもあり
俺がその代わりを務めている。
これも普段から委員長補佐としての評価を上げてきた賜物であろう。
おかげで誰にも怪しまれることなく委員会室を物色できるというものだ。
「さてと――――」
扉の施錠を終えると同時に一呼吸間を置き、視線を廊下の先へ。
すると最近はすっかりと見慣れた赤色の頭部がチラチラと柱の陰に見え隠れ
していた。
「チラッ…………ハッ!」
俺の視線に気が付いたのかサッと全身を柱の陰に隠す。
あれで本当に隠れているつもりなのだろうか――――?
「何してるんですか先輩」
「ひゃう!」
柱に隠れていた人物、緋音先輩に距離を詰め覗き込むと
予想以上に可愛い声が彼女から漏れ出る。
「あ、ははは。バレちゃった…………」
顔を上げると先輩はそのまま若干恥ずかしそうな表情で笑顔を浮かべる。
「何してたんですか?」
「いやぁ、その…………奇遇だね、司くん」
「もしかして先輩、今偶然バッタリ廊下で出くわしたみたいな展開にしようと
してます?」
「いやーどうだかなー」
「まさか俺を待ち伏せして驚かせようとかって考えていたんじゃないですよね?」
「えーまさかぁ…………ねー」
先輩は手を後ろで組みながら唇を尖らせ、分かり易く視線を泳がせる。
なのでこちらは敢えてじっと彼女を見つめてみる。
「……………………」
「…………」
「……」
「あーもうそうだよー! 司くんをびっくりさせてやろうと待ち伏せしてたん
だよー。 だからその眼やめてーーー」
懐疑的な視線に耐えかねてか先輩はようやく自身の非を認め、泣きすがるように
して俺の裾を掴む。
「うわーんやめてー。司くん意地悪しないで―」
「…………」
「何か言ってよー」
ゆさゆさと制服のブレザーが激しく揺れ動く。
年相応なそのリアクションと破顔した表情の先輩は何とも面白い。
最近じゃ彼女の凄い部分しか見えていなかったが、
こうして接してみると案外彼女も他の生徒と同様に普通の女子高校生と
変わらない。
「すいません。先輩があまりにもドッキリが下手だったのでつい」
「うー下手じゃないもん」
「…………」
「とりあえず手、放してもらえますか? あまり揺らされるとクラクラしますので」
ちょっとしたじゃれ合いといえど、日本刀を振り回せる先輩の力で揺らされれば
流石の俺とて三半規管に地味なダメージが入る。
それにさっきから揺らす手の力が強くなってきててちょっと怖い…………。
「むー」
ドッキリが下手といわれたこともあってか、不服そうながらもブレザーの裾が
彼女の手から解放される。
「ふー。それで先輩はどうしてこんなところにいるんですか?」
「そりゃ……もちろん司くんを待っていたのよ」
「何か重要な話ですか?」
「重要な話じゃないと会いに来ちゃダメなの?」
「いえそういうわけではないですが。…………とりあえず場所を変えましょうか」
そして丁度下校時間だったこともあり、先輩と共に校舎を後にする。
「ねー司くん、風紀委員会はどう?」
「今のところ問題はないですね。潜入自体は順調ですし」
「そういうのじゃなくて。もっとこう楽しいとか」
「楽しいとかは考えたことはないですね」
「それじゃあ、ゆづはとはどうなの仲良くしやれてる?」
案の定というべきか。
染谷から緋音先輩の話を聞いた時から、いつか先輩の方からも探りが来るんじゃ
ないかと踏んでいたが。
「(さてはてこの場合、どう返答をしたものか)」
「親密かと問われれば仕事上ではそうなんだと思います」
「プライベートは?」
「委員会関連以外ではメッセージのやり取りもしませんね」
というか良くも悪くも染谷が仕事人間ということもあって、
プライベートを探る余念がないというのが正しいのだが。
「そうなんだ…………」
「ただ染谷さん本人から先輩のことは聞きましたよ」
「――――彼女はなんて言ってた?」
「中学時代に剣道の大会で負けた、と」
「それだけ?」
「ええ。ついでに先輩との関係を聞かれたくらいでしょうか」
「そっか」
「…………」
染谷の時も思ったが、二人の反応を見るに二人がただそれだけの関係には
思えない。とはいえ任務には関係ない話ということもあって意気揚々と聞き出す
ことはしたくない。そもそも本人たちが進んで話したがらない話なら尚のことだ。
「正直、実は私は彼女が少し苦手なの」
「染谷さんも同じようなことを言ってましたけど。意外ですね、先輩でも苦手な
人っているんですか?」
「そりゃもちろんいるよ。いじわるな人とかね。でも彼女はそういうのじゃなくて
もっとこう根本的な感じ…………そう、例えば似た者同士とか」
「似た者同士ですか…………」
「(確かに言われてみれば正義感の強さや周囲に対する配慮、考え方の傾向が
よく似ているような気もする。同種と言い換えてもいい。とすれば互いに苦手意識
があるのも同族嫌悪に近いものなのかもしれない)」
「魔導師科のトップとして接点はないんですか?」
「あるにはあるけどほとんど会話をすることはないわね。それこそ普段は滅多なこと
でもない限り顔を合わせる機会もないわ」
「それに学科間のやり取りは基本的に私はしないからね」
「そうなんですか? では普段は誰が」
「魔導師科セカンド、日坂捺美よ」
「え」
日坂捺美。
その名を聞き、不意に放課後の出来事を思い出す。
「同じ学科の子から聞いたわ。捺美が風紀委員の生徒に絡んでたって」
「随分と耳が早いですね」
「常日頃からトラブルが起きないか気を使ってるからね」
「なるほど。さすがは先輩だ」
すると先輩はその場で立ち止まり頭を下げる。
「司くん、ごめんなさい。捺美が迷惑をかけて」
「どうして先輩が謝るんですか」
「彼女は私の唯一の親友なの。だから司くんには彼女を嫌いになってほしくないの」
「嫌うというと語弊がありますが、まぁ正直あまり関わりたくはないタイプでは
ありますね」
「彼女に何か言われた?」
「お前は遠乃緋音に相応しくないから近づくなと、そう言われました」
そう正直に答えると先輩は何とも言えない表情で頭を抱える。
「はぁ……どうせそんなことだろうと思ったわ…………」
「彼女、相当先輩に心酔してるみたいですね」
「悪い子じゃないのよ? ただ少し気性が荒いだけで」
「先輩、もしや日坂捺美という人は魔術師が嫌いなのですか?」
「ええ。恐らくこの学園で一番魔術師を恨んでいるのは彼女よ」
「なぜ?」
「それは――――いくら司くんの頼みでも教えられないわ
「…………そうですよね。すいません無遠慮な発言でした」
「気にしないで。みんな一度は気になることだから」
「先輩は当然知ってるんですよね」
「知ってるわ。だから彼女の抱えている想いは推し量るに余りある」
「…………」
つまり日坂捺美が魔術師である俺に対し、あれほどきつく当たるのもそれ相応の
理由があるということか。先輩がここまで言うくらいなのだ。少なくとも安っぽい
理由ではないのだろう。
それに魔術師が嫌いならば、同じ魔導師科のトップであり同胞を護る先輩に心酔
する心理も理解できなくない。
「しかしそうなると大丈夫なんですか? 彼女に監視される以上、こうして気軽には
会えなくなる可能性も」
「それなら心配には及ばないわ。私の方から捺美を説得してみる」
「説得って…………失礼ながら今の話を聞く限り先輩でもそれは難しいのでは」
「そこはほら親友パワーで押し切る」
「具体的には」
「絶交をチラつかせる」
親友パワーとは一体…………。
「いやそれ普通に危なくないですか? 刺されたらどうするんです」
「いくら捺美でもそれはしなよ」
「安心して。彼女は何とかするわ」
そんなこんなで学生寮前に到着。
「そういうことなら分かりました。ですがくれぐれも危ないことはしないで
くださいね」
「分かってるよ」
「それじゃあ今日はこれで」
「いや司くん。ちょいと待った」
「よかったら部屋、上がっていかない?」
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