1-15 良き理解者
翌日の日曜日。
遠乃先輩に誘われるがままに、彼女とデートをすることになった俺は一人、
街中を歩いていた。
「さてと、そろそろ時間か」
左腕に着けた腕時計で時刻を確認し、待ち合わせ場所である洋食屋
『パレット』へ到着。
先輩のバイトが終わる時刻の十分程前に到着にしたことにより
とりあえず店の中へ。
「いらっしゃいませー。あ、司くん」
入店すると可愛らしいお店の制服に身を包んだ遠乃先輩が俺を出迎えてくれる。
「ごめんね、今ちょっと忙しくて。バイトまだ終わりそうにないんだ。
良かったら空いてる席で待っててもらえるかな?」
「構いませんよ」
そうして彼女に促されるまま席へ。
その際、ふと彼女の方を見ると、先輩は確かにせわしないように
店内を歩き回っていた。
ぴょこぴょこと動き回る先輩の姿は遠目からでも分かるくらい可愛らしく。
普段の彼女を知っている人なら、斬裂魔の正体が彼女だとは誰も想像できない
ことだろう。
ちなみに店内は休日のお昼過ぎということもあってかそれなりの賑わいを
見せており、店員さんの少なさも相まってか会計待ちの列すらできている
有様であった。
「大変そうだな」
俺自身バイトなどをした経験がないせいか、あまりこういう場面に対し
実感というものは感じずらいが、それでも見ている限りでは相当に多忙である
ことが伺える。
ともあれ店に来て何も頼まないというのも忍びないのでとりあえず
アイスコーヒーを注文することに。
「すいませーん、アイスコーヒーを一つお願いします」
「はい、ただいまー」
そうして注文済ませてしばらく。
先輩とは別の店員さんによってアイスコーヒーがテーブルへと運ばれてくる。
レジ付近の様子を見るにピークは過ぎたように見えるがまだ時間が掛かりそうな
気配がある。
「(さて、どうやって時間をつぶそうかな)」
なんて考えているとブルブルっとポケットに入ったスマホが着信を知らせる。
「またこいつか」
着信相手は情報屋。
一体どうやって俺の行動を追っているのかは定かではないが、
本当にこいつの連絡はタイミングを見計らっているように都合がいい。
『よう、ハイド7。調子はどうだい?』
電話に出るや否やいつも通りの声がスマホから鳴り響く。
今となっては最初に感じてた違和感もなくなり、この独特な機械音にも
耳が慣れたようでだった。
「何の用だ?」
『相変わらずつれないな。協力者として君のことを気に掛けてあげて
いるっていうのに』
「必要ないだろそんなこと…………どうせ俺のことも監視カメラでもハッキング
して監視しているんだろうに」
『まぁね――――だがともあれ、君は私に聞きたいことがあるのだろう?
そういうのは早い方がいいと思ってね。こうして連絡してあげたまでさ』
「…………」
「そういうことなら手短にいこうか。お前、今回のこと何処まで予想して
いたんだ?」
『そうだね、正直な話、君の行動は殆どが予想外だったよ。まさか斬裂魔を
庇うなんて流石の私でも想像できていなかった』
「――――だがお前は斬裂魔の正体については知っていたんだろ?」
『魔導師科三年、遠乃緋音のことだね』
「あぁそうだ。だからこそ疑問がある。どうしてお前はそこまで知っていたのに
も拘わらず俺を
そう問いかけると情報屋は一瞬、通話の向こうで言葉を詰まらせる。
『その件に関してはすまないと思っている。だが聞いてくれ。前にも言ったが
私にもプロの情報屋としてのプライドがある。遠乃緋音が私の顧客である以上、
私本人から彼女の情報を漏らすわけにはいかなかったんだ』
「だから俺を使ったと」
『ああ。とはいえ斬裂魔が私の仕事の邪魔になっていたことは確かだし、
条件を呑んでくれた君との約束も噓ではない』
「それもプロとしてのプライドか」
『そうだ』
俺はスマホを耳に当てながら閉眼し逡巡する。
事前に風城さんから聞いていた情報と、今までのコイツの行動。
確かに仕事という関係であればコイツのことは多少なりと信頼できる奴なのは
間違いがないようだ。
「(まぁ、それが分かっただけでも今回は良しとするべきか……)」
「いいだろう。なら俺もとりあえずはお前のことを信頼しておいてやる。
ただし今後はこちらからの指示にも従ってもらうぞ」
『あぁ、勿論だとも。私としても端からそのつもりさ』
「ならいい。それじゃあ、話は終わりだ。切るぞ」
『あーいやいやちょっと待ってくれ』
電話を切ろうとスマホの通話終了ボタンを押そうとするのを、
情報屋が声を荒げ制止する。
「なんだ? まだ何かあるのか?」
『最後に一つ聞きたいことがあるんだ』
「なんだ?」
『君と遠乃緋音との関係性だ。書類上では同じ中学に通っていることになって
いるが、本当にそれだけの関係なのかい?』
「…………その話は任務に必要なことなのか?」
『あ、えっと、これは特段そういうというワケではなくて。
ただ単純に気になっただけさ。性分ってやつだね』
「なら教える必要はないな」
『他人には知られたくないような事かい?』
「別にそういうワケじゃないが、きっと言っても信じないと思うぞ」
『というと?』
「…………」
予想以上にグイグイと踏み込んでくる奴に対し、俺はチラリと遠乃先輩の
方を見やる。すると彼女はこちらの視線に気が付くと、両手を合わせ
「ごめんね」と言わんばかりにペコリと頭を下げる。
その様子を横目に店内を見渡すと、既に人も減り、最後の客も会計をしている
最中であることから、俺はそろそろ電話を切った方がよさそうだと判断する。
「(仕方ない。ここで俺が答えずに駄々を捏ねられて通話が長引いても嫌だし、
ここは素直に答えてやるか)」
「いいか一度しか言わないからよく聞けよ。俺は先輩のあの真っすぐな心意気に
感銘を受けている。故にこそ先輩は俺にとって唯一無二の憧れの人なんだ。
それ以上でも以下でもない」
『――――憧れか。なるほどね、納得したよ』
そういうと情報屋は意外にもあっさりと身を引くようにして声のトーンを
落としてみせる。
『悪かったね詮索してしまって。それじゃあ、私はこれで』
「あぁまた。それと今度連絡する時は出来るだけ俺が一人の時にしてくれよな」
『そうさせてもらうよ』
そうして俺は今度こそ奴との通話を終了した。
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