第138話 ゴブリンの使命

 ゴブリン。

 巣を潰しても潰してもどこからともなく無限に湧いてくる魔物。

 手足があり、頭があり、口があり、声を発し、道具を使う。

 おまけに見た目は小さく──人に対して強い憎悪を抱いていて狡猾。

 そして先にも述べたように、その数は──無限。


 考えうる限り人類にとって最悪の災厄。


 に、なるはずだった。


 初めてゴブリンを生み出した時、魔神サタンは手応えを感じていた。

 コスパ、性能、数ともに最強。

 ゴブリンだけで人類を打ち滅ぼせるはず。

 闇に潜み、汚れも気にせず、湿地帯だろうが乾燥地帯だろうが雪原帯だろうが火山地区だろうがどこででも生存できる適応能力。

 数で押し、全滅してもすぐに湧いてきて敵の武器を奪い、使う。


 どこぞの小国のボードゲームのルールで「敵の駒を取ると自軍の駒として使える」というものがあった気がする。

 しかも敵陣に侵入すれば駒は「成る」ことが出来るという。

 人間界に侵入し、人の武器を奪ったゴブリンはまさに「成った」も同然の存在。

 命を惜しまず数で押し切る狂気の集団。

 人間界に紛れ込んだゴブリンたちは必ずや莫大な数に繁殖し、殺し、奪い、犯し、燃やし、神の手先である「人」を滅ぼすであろう。

 サタンはそう思っていた。


 が、人類は魔神が思っていたよりもはるかに鈍感で図太く、そしてタフだった。


 まず、奴らはゴブリンの存在に


 ゴブリンは単体では弱い。

 素手であればもっと弱い。

 開けた場所だとさらに弱い。

 集団戦ともなると戦術を持たないからとことん弱い。

 人間は「規律」をもって的確にゴブリンの弱点を突き、集落を防衛し、もはやゴブリンを「駆除」するような立ち場になってしまった。


 駆除。

 もはや虫や獣と同レベルの扱いだ。

 人にとってゴブリンなど野犬に毛が生えた程度の存在。

 見た目が人間に似てるだなんて気にもとめやしない。

 連中は同族である人ですら殺しまくるという、魔物以上にイカれた生物だったのだ。


 そんなゴブリンが訪れた。

 彼らの生みの親、魔神サタンの宿るルードたちの元を。



 ゴブリンにとってザガの野営場は狩り場だった。

 森と川に挟まれた小さな平地。

 闇に紛れ森から近づき、川に追い詰め、殺す。

 殺す。

 人間を。


 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。


 なぜこんなに人間が憎いのかはわからない。

 そしてわかる必要もない。


 なぜならゴブリンにとって「人間を殺すこと」は己の魂に刻まれた使命だから。


 自身を形作る魔力、衝動、皮の一枚、毛の一本。

 そういったもの一つ一つが叫ぶ。

 人を殺せ。なるべく凄惨に。むごたらしく。吐き気をもよおすように。残忍に殺した奴こそがクールでカッコいい。モテるし子供もたくさん残せる。そしてどんどん濃縮しろ。人にとっての危険度を。濃く、濃く、濃く詰め込んだゴブリンへと。


 そういった本能に従い、ザガ村周辺に生息するゴブリンたちは今日も森をかき分け進む。音もなく。空気も揺らさず。慎重に。狡猾に。


 久しぶりの獲物だ。

 ゴブリン慣れした村人は襲うに難いが、旅人相手であればこちらに地の利がある。

 どこを通れば足音がしないか。

 風向きにあわせてどこを進めば匂いを漂わせないか。

 そして、どこからだと敵を監視できるか。


 監視結果。


「ギャギャギャッ」


 下等なゴブリンは鳴き声で意思を疎通する。

 人間を殺すのに言葉はいらぬ。

 簡単な連絡、確認だけ出来ればいい。

 ここにいるのも一匹を除いて下等なゴブリンだった。


 敵は女のみ。

 しかも弱そうな。

 若く。

 美しい女たち。

 子供までいるとのこと。


 やはり人間は馬鹿だ。

 こんなところに女子供だけで来るとは殺してくれと言ってるようなものだ。

 望み通り殺して、凌辱して、孕ませ、引き裂き、捧げ、喰い、血を浴びよう。


「ギュゲッ!」


 思わず笑い声を漏らしたゴブリンの後頭部がどつかれる。

 みなが殺気立っている。

 久々の獲物。女。子供。若くて。美しく。弱い。

 降って湧いたボーナスステージ。

 彼らの生涯において間違いなく最良の狩りになることは確定していた。


 人間から奪ったダガーや矢には土や葉の匂いがこすりつけられ金属臭を消している。

 彼らは人間界に侵入し「成った」ゴブリンの子孫。

 人間の「組織」の前では駆除される側の彼らも、このホームグラウンドでの絶好の狩りの中で、かつて人間を脅かしていた自身の「災厄」としての誇りとプライド、そして腹の底からの煮えたぎるような残忍性を取り戻しかけていた。


 目配せで仲間たちと確認し合う。

 憐れで馬鹿な獲物たちが間抜けに眠る布の中。

 取り囲んだゴブリンたちは生涯最高の宴の始まりを確信する。



 さ

  ぁ、

   血

   の

    宴、の、

  始ま

     り、

        ダ!!!!!!



 それまで必死に堪えていた歓喜の叫びを上げて一斉に天蓋へと飛びかかろうとした、その刹那。


 彼らは一瞬にして絶望の淵に突き落された。


 気配が、する。


 天蓋の中からではない。


 上。


 宙をゆらゆらと舞う、それ。


 いや、「それ」だなんて呼ぶのも不敬きわまりない。


 その方──いや、生物すら超越した創造主。

 言葉を持たぬ下等なゴブリンたちに「かの方」を正しく言い表すすべはない。

 ただ、ひれふす。

 自然と。

 そうするのが当然とでもいうように。


 ザザッ──!


 一同は頭を地面に打ちつけて許しを請う。

 しかしゴブリンの知能では何に対しての許しを請うているのかわからない。


 人を襲おうとしてたこと?

 かの方の存在に今の今まで気づかなかったこと?

 それとも──「自分たちはこの方が寛容だったために今まで生きられていただけの矮小な存在」だという、今だから確信できる事実をこれまで知らずに生きてきたこと?


 ゴブリンの魂に刻まれた太古の記憶が蘇る。

 人を憎む存在として人間界に来る前の記憶。


 憎むべき相手のいないゴブリンは、魔界ではただただ最弱の存在だった。

 あらゆる魔物に狩られ、餌にされる植物連鎖の最底辺。

 ゴブリンたちはひたすらに東を目指した。


 人間。

 人間。

 人間。


 我らが殺すべきたる存在、ニンゲン。

 それを目指して、ひたすら旅した。

 人類と魔物を区切る壁、というものがなかった時代の話だ。

 やがて人間界にたどり着いたゴブリンたちは陰に潜んだ。

 洞窟、洞穴、土中、枯れ葉の中、湿地のくぼみ。

 それは魔界で狩られる側、被食者だった彼らが身につけてきた生存術だった。

 そして狩って、狩られて、産み、殺されてきた。

 そんな暮らしの中で彼らの魂の中から被食者だったころの記憶は薄れ、ただ人と殺し合うだけの存在として生きてきた。


 だが、思い出した。



『我等は、この方のものである』



 ことを。

 ただの人を憎み殺すだけの生物。

 心がないと思われていた魔物。

 ゴブリンたちの瞳から熱いものが流れる。


 創造主様の極上の旋律が、その可憐なお口から紡がれる。



 【虚勢ブラフ



「あ~、キミたちは僕たち一行を守る護衛なんだよね……むにゃむにゃ……。ってことで、朝まで護衛よろしく~……。あ、朝になったら帰っていいから。じゃあ、お願いね~。むにゃにゃ……」


 至高。

 至極。

 最上。

 究極。

 極彩。


 ゴブリンたちは初めて知る。

 生まれてきた意味を。

 今、自分がここにいる意味を。

 守るのだ。

 命に変えても。

 この方を。

 そのために自分たちはここにいるのだと。

 そのためにこれまで子孫を紡いできたのだと。

 そのために我等はこの地にいたのだと。


 その晩、ゴブリンたちは万全の守護を遂行するため、呼べるだけの仲間を呼び、かつてない団結をもって己の創造主魔神サタンとそれを体に宿す美しき少女ルードの仲間たちを。


 守り続けた。

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