第105話 神官、神を赦す

 すっかり意気消沈いきしょうちんしてしょんぼりと項垂うなだれたゼウス。

 ムキムキマッチョだった中年は、細身の美男子風に変わっている。

 変わったのは体型(と年齢?)だけで、髪型や服装などはそのまんま。

 銀白色の長髪に白のローブに草冠。

 あっ、ヒゲだけはなくなってる。

 まるでどっかの貴族様みたい。


 とは言っても、こんな椅子に縛り付けられた怪しい格好の貴族様なんているわけがないんだが。


「名前は?」

「ゼウ……いや、ゼノスじゃ」


 尋問じんもんの知識があるのか、テスが率先そっせんして淡々たんたんと質問を重ねていく。

 どうやら、自分では正体を隠せてると思い込んでる様子のゼウスは。

 「ゼノス」

 という名前で人間設定を突き通すらしい。


「年齢は?」

「……覚えておらぬ」


「職業は?」

……いや、無職じゃ……」


「住居は?」

「地上にはない」


 そこまで聞いたところでラルクくんが割って入ってきた。


「ストップ! ストーップ! もうその辺でいいじゃないですか! 可哀想ですよ!」


「おぉ……ワシをかばってくれるのか……」


 まるで地獄で仏に会ったかのような目をラルクくんに向けるゼノス──もといゼウス。


「ダメじゃないですか! いくら不法侵入してきたとはいえ、みんなで寄ってたかってこんな浮浪者をいじめて!」


「ふ、ふろ……うしゃ……?」


 よりにもよって己の信者から浮浪者扱いされた頂上神。

 ガビーンという顔をして固まっている。


「でもな、ラルクくん? こいつはいきなり押し入ってきただけじゃなく、ボクをおか、おか……」


 あれ? 言葉にするのが恥ずかしい。


「おか……犯そう(小声)……としてきたんだぞ? これは神の教えに反する重大な背徳はいとく行為じゃないのか?」


「たしかにそのとおりです。我が星光聖教スターライトせいきょうでは、伴侶はんりょ意外との姦通かんつうは固く禁じられています。ましてや強姦ごうかんなんて言語道断ごんごどうだんです」


「なら、そんな極悪人をキミが庇う道理はないのでは?」


 ボクの問いかけにラルクくん。

 フッ……とかすかに笑うと。


「人は生きながらにして罪を犯しているものです。どんな人間でも必ず、です。ならば、私はそのものたちをゆるしましょう! 世間から責められ、居場所がないのであれば、私があなたを赦す世界の最後の一人となりましょう! どんな罪も、必ずいつかつぐなうことが出来るのです! さぁ、あなたもぜひ星光聖教スターライトせいきょうへ!」


 キラキラーン。

 ステンドグラスからし込む光を受けて、ラルクくんが初めて神官らしいことを言う。

 うん、でも。


(その罪を犯してるのが、キミの信仰してる頂上神なんだけどね……)


『しかも罪は地獄で償うもんだからな。てめぇが勝手に赦すなよ。さばくのは閻魔だぞ、閻魔。オレの任命した鬼神の閻魔。てめぇじゃねぇよ、ポンコツ神官』


 初めてサタンと気持ちが一致した気がする。

 絶対に相容あいいれない存在だと思っていたサタンと同じ気持ちにさせるだなんて、ラルクくん……ある意味大物なのかもしれない。


「うぅ……神父様、ありがとうございます……この憐れな物乞ものごいにどうか御慈悲ごじひを……」


 ゼウスもゼウスで自分のことを物乞いとか言っちゃってるし。

 これ、事実を知ったらラルクくんショックで死んじゃうでしょ。

 自分の信仰する宗教の頂上神を物乞い扱いしたうえに上から目線で偉そうに「赦す」だなんて言ってえつに入っちゃってるんだから。


「でもぉ、これ実際問題どうするのかしらぁ? このままずっと縛ったまんまってわけにもいかないでしょうしぃ。かと言ってほどいたら、またルードちゃんが襲われちゃうわけでしょ? そうなった場合、ラルクちゃんは責任が持てるのかしらぁ?」


 セレアナの言葉になぜか必要以上に動転した様子で「ウッ……」っと言葉を詰まらせるラルクくん。


「しかもさぁ」


 リサが続けて追い打ちをかける。


「ルードだけじゃなく、私たちや セ レ ア ナ まで襲われたら、縄をほどいたアンタの責任になるってことなんだけど、そのへんわかってる?」


「ううッ……!」


 ルゥとテスもあとに続く。


「後から『償う』なんて言われても、私たちが受けた被害は返ってきませんからね」

「うむ、赦しなぞ、無意味。必要なのは、処罰」


「うううぅ~~~……!」


 ボンッと今にも頭から煙が噴き出しそうなラルクくん。

 ガシガシと頭をかきむしった彼の導き出した答えは。


「わかりました! ゼノスさん! もし、この先! あなたがどうしてもセレアナさんたちを襲いたくなったら──」


 なったら? 




「まずは、ボクを襲ってください!」




 えぇ~……?

 ラ、ラルクくん?

 周囲の温度が一瞬で数度下がったような気がする。

 ラルクくん、こう見えて『冷風クーラー』スキルの使い手なのかな?


「うむ、なんの解決にも、なっておらん」

「え、『まずは』ってことは、次に私たちが襲われるってこと?」

「ラルクさん、一体それになんの意味が……」

「ただ犠牲者が増えるだけじゃないのかな?」


 ボクたちから一斉に入るドン引き気味のツッコミ。


「え? あれ? いや、そんなおかしいこと言いましたかね……」


 天然なのか馬鹿なのか。

 キョトンとしてるラルクくんを見て、ボクはあきれると同時に、まるで魔界に連れ去られる前の自分を見てるような──そんな親近感にも似たような気持ちを覚えていた。


 そして、鶴の一声が響く。



「あ~ら、神官ラルク! 人間なうえに馬鹿で無能でノロマなくせに、自己を犠牲にして仲間の逃げる時間を稼ごうとする。その心意気は、なかなか見上げたものですわぁ!」



 言われてみれば確かに、という気分になる。

 でも、ボクは知っている。

 これは、セレアナのスキル『美声ビューティー・ボイス』の効果によるものだと。

 さらにセレアナはこう続けた。



「よって神官ラルク! ここでグダグダ言い合っていても仕方がないので、あなたに免じてその男、ゼノスを解放することを許してさしあげますわぁ! その代わり……もしわたくしたちにその男の危害が及んだ際には……」



「わかってます! ボクが体を張ってセレアナさんを守りますっ! この命にかけてでもっ!」



 ああ、命までかけちゃったよ、ラルクくん。

 しかも守るのセレアナ限定みたいに言っちゃってるし。

 きっと、これも『美声ビューティー・ボイス』の効果なんだろう。


「わかりましたわぁ、ではラルク。その男の縄を解いてあげなさぁい」


「はいっ、セレアナさん!」


 こうして。

 頂上神ゼウスをゆるした神官ラルクくんに許可を出した魔物セレアナによって、ゼウスを拘束していた縄がシュルシュルとほどかれていく。


 その様子を見ながら、ボクは思い出していた。

 そいうえば、魔界でもこのセレアナの鶴の一声に何度も救われてきたなぁと。

 そして、ボクは薄々予感せざるを得なかった。

 今回ばかりは、その鶴の一声がさらなる面倒事を起こしそうだな、と。

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